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カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

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音楽療法で起こる現象を言葉で説明する

発達わんぱく会 こころとことばの教室 こっこ という1歳半~未就学児むけの療育プログラムを提供する団体で、

d0065558_14312110.jpg音楽療法 (音と色の療育)と、
お料理療育 と
早期発見目的の ミュージック&アートクラス 

上3つのプログラムの実施してきました。


音楽療法 と一言にいっても、個々人のスタイル、アプローチ、テクニック、ベースとなっている心理学や医学的知識、実施される場所の環境、セッションを受ける人のニーズ などにより、内容が全く異なってきます。

そこで、いまいちど立ち止まって、こっこの音楽療法とは何か というのを文章化しようとしています。

45分間という時間の枠に、子どもたちに対する音楽療法と保護者へのフィードバックと対話を行う時間をとるために、音のセクションと、アートを使ったセクションを時間内に設けるスタイルをとる事を決めた経緯の自分自身を振り返ると、音楽療法士であるととともに、Guided Imagery and Music Therapy という、アート・曼荼羅・立体造形 なども 音楽的な深層心理プロセスを行うための重要なツールとして学ぶ機会を与えられた、というバックグラウンドが大きいと改めて思っています。

アートの時間は、どういうマテリアル・素材をつかって、
どういう療育目的をもって子どもたちと関わってもらいたいかを、
アート系の療育や心理的アプローチをしたことがない他の専門職の方に説明して、
私は、音楽をどういう目的で使い、子どもたちがどのように音楽的であったか、
そのように音楽的であった、というのは、発達支援の視点からいうと、どういう意味の事が子どもの経験として吸収され、表出されていたのか、ということを言語で説明することを試みます。

感情や、表に出ない、言語化されない、子どもたちの生きにくさ、分かりにくさ、
子どもたちの成長の過程の特徴を、
これまた、言葉ではつくしきれない音楽の状態をからめあわせて、
相手に理解してもらえるような言葉を選びながら伝えていく。


あらためて、
”こっこの音楽療法(音と色の療育) とは” を定義しようと、ノートに向かっています。

何を私は大事にしてこれまでやってきたのか、
音楽の、子どもたちの何を信じてやってきたのか。

音楽療法士以外の専門職の方に協力してもらってつくってきたこのプログラムの特性と、注意点は・・・



一旦ことばにしたら、
その言葉で説明しようとしていた生き生きとした現場のエネルギーが、何か無機質なものに変わってしまったりして、言葉をけしては、また違う言葉を選んで組み合わせたりしています。


音楽は素晴らしい。


みんな、それは知ってる。
でも、それだけでは、なぜ音楽療法でなければいけないのか、
なぜしっかりトレーニングされた経験ある音楽療法士でなければならないのか、というのが伝わらない。



言葉にして、まとまった読み物にするのはエネルギーがいるけれど、
GIMの卒業論文をかきおえて完全燃焼した感じから随分時間がたったことですし、
また、音楽療法を言葉にしていく作業を始めてみようと思っています。




音楽とアートをつかったカウンセリングや、幼児音楽教室についてのお問い合わせやご予約は letsmusicingATgmail.comまで

音楽心理療法・ Guided Imagery and Music 個人セッション (HP)体験談

 アメリカ発 幼児音楽教室 music together ♪  代々木上原教室 無料体験受付中
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by totoatsuko | 2013-05-28 14:56 | 音楽療法セッション例 | Comments(0)

楽譜がない音楽だって沢山ある

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世界中の音楽をみわたしたら、
楽譜がなくてなりたっている音楽が沢山あることに気づきます。

むしろ、そっちの方が多いかもしれません。
ジャズも、アフリカンも、他のいろんな民族固有の音楽も、
楽譜がなくても、即興で音楽が編み出されていく。

口頭でメロディーが伝えられ、伝承されてきた音楽もあります。


私は音楽療法を学び始める時まで、自分が演奏する、プロデュースする”音” は、
楽譜を読んで、練習して、演奏するクラッシックのみでした。

私にとって音楽とは、
楽譜に書いてあるものを、いかに芸術的に質の高い演奏に自分というフィルターを通して奏でるか、というものでしかありませんでした。

その世界しか知らなかったから、
クラッシックが、世界じゅうの日常に存在している音楽のシェアに比べたら、その一部である、
ということすら気付くこともなく、他に音楽がある、表現方法がある、というのを探そうともしなかったのだと思います。


音楽療法の勉強を始めて、
あかちゃんの泣き声すら、音がない ”無音” ですら音楽であることを学び
音楽療法セッションの中では、さまざまな要素を音楽として捉え、
相手と共に 音楽を即興でつくりあげていく という ”音楽”の形をしりました。


今でも、クラッシックは大好き!
だけど、他の音楽の世界を知ることで、もっと音楽と自由で豊かな関係を築けるようになり、
それは、私の毎日を豊かにしてくれていると感じます。


子どもたちが、クラッシック ピアニストから手ほどきをうけ始めました。
3人十色。
練習の仕方、先生の言葉の受け止め方、それぞれ全く違います。

やっぱり、指の練習なんかはつまんない。
それでも、この曲が弾けるようになるために基礎練習も頑張ろう、と思えるときはいい。

でもそうじゃない、もうヤダ! っていう感じの様子を見せる子がいたので、

どうでもいいから、楽譜関係なく一緒に弾こうよ、
と誘ったら、いっこづつ音を確かめたり、鍵盤をさがしたり、偶然できた和音を感じたり、
ほんとうに集中して、でも、自分だけの音しか聞いていないのではなくて、
私の音もちゃんとききながら、自分の音楽をつくっていて、
すごいなー、と思いました。

10分か15分くらいたって、
彼が最後の一音をおいたあと、
初めて顔をあげ私の目をみたので、
お互いに対しにっこりし合い、

「長い曲だったね~。途中のあの、ぐしゃってなったとこ、面白かったね。
またやろう。」

と、彼がいう。


赤ちゃんの頃から、遊び弾きをしていて、この子は弾くことが好きなんだな、とは知っていたけれど、
楽譜を読んで弾くことを教えられるよういなってから、とんと遊び弾きをしてる姿を見てなかったことに気づきました。


楽譜読んでその曲が弾けることで、
そういうジャンルの音楽の世界も知ることで、その世界の音楽を知る事はできる。

だけど、音楽の世界には楽譜がそもそも存在しない音楽だっていっぱいあるから、
音で遊ぶ その楽しみは、ずっと大事にしてほしいな、と思う。


大人になって、やっていい事と悪い事が分かって、
仮に理性的に物事を処理できるようになる人間になったとしても、
同時に自由な創造性を持つ無邪気でいきいきとした精神は大事にできるように。
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by totoatsuko | 2013-05-24 13:18 | 音楽療法セッション例 | Comments(0)

music together summer 2013 @ 代々木上原

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今日は、現在進行中の春学期のクラスでお知らせした次のターム・ 夏学期 についてご案内です。
アメリカ発の 幼児音楽教育プログラム Music together(ミュージックトゥギャザー) 

本部の日本語のHPはコチラ セッションの様子の動画もアップされています。
 
夏学期
6週間+振替用1クラス
料金 1人目のお子さん12500円、ご兄弟10000円
(今学期使う音楽が入ったCDとソングブック代込・1家庭1セット)

日時 日曜10時半~11時15分

最初の日 6月30日
最後の日 8月4日
振替日   8月11日 (秋学期の申し込み締め切り)

無料体験、随時受け付けています。
letsmusicing AT gmail.com 宛てにお問い合わせください。

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Music together @ Yoyogiuehara, shibuya-ku
Summer Term

The fist day, June 23
The last day, Aug 4
Additional day Aug 11 (for those who was absent from the class the other weeks)

7weeks + 1 additional class
Every SundayMorning from 10:30~ 11:15

Price 12500yen for one child (including a set of CD and songbook for this term).
Siblings 10000yen


free sample session is available.
Contact Atsuko, e-mail to letsmusicing AT gmail.com


いろんなものが芽吹いて成長していく匂いが漂ってきます。

先週クラスで

子どもを連れてmusic together に来るまで、
音楽を聴きながら同時に体を動かす という経験をしたことがなかったから、
今でも戸惑うけれど、大分慣れて、大分自然に音楽に合わせて自分で音を出したり、体を動かすことに慣れてきました。インプットとアウトプットを同時にやるって、最初はとても難しくかんじました。


と仰ったお母さんがいました。


一緒に住んでいる大人たちが 音遊び、リズム遊び に慣れてきたら、
生来その面白さを知っていて、自然に体が動くはずの無邪気な子どもたちと、
日常で、 無邪気に当たり前のように音楽的なやりとりが、
上手、とか下手とか、音痴、とか気にせずに
遊びの感覚で自然に溢れてくるんじゃないかな、と思います。



Music for life,
Life flows like music.

生きていて、呼吸をすること、
色んな事をじぶんなりに乗り越えたり、紡いでいくことことで、
人はそれぞれ 自分の音楽 を、
色んな人と交わりながら、いろんな音色を楽器と共演しながら、奏でているのだと思います。
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by totoatsuko | 2013-05-14 15:24 | Comments(0)

赤ちゃんを育てているママへ

ニュージーランドの子育て支援施設に伝わる詩
ー作者不詳のまま英語圏に伝わった詩だそうです。 (絵本として福音館書店から出版されています。)

赤ちゃんのお世話と、
帰って来た時お部屋が綺麗である事だったり、
赤ちゃんが騒がない時間だったり、
綺麗な格好をして、おいしいご飯を作って待ってる事なんかをパートナーから求められる狭間で
疲れて苦しい思いをしてるお母さんって、案外沢山いるんじゃないかな。

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####
『今日』 (伊藤比呂美 訳)

今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは
だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが
床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだとおもう

人に見られたら
なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの? とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした。
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことをしていたんだって

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ




(以下原文)
Today

Today I left some dishes dirty.
The bed got made about two-thirty.
The nappies soaked a little longer.
The odour got a little stronger.
The crumbs I spilt the day before
Were staring at me from the floor.
The art streaks on those window panes
Will still be there next time it rains.
For shame,oh lazy one you say
And “just what did you do today?”.

I nursed a baby while she slept.
I held a toddler while he wept.
I played a game of hide’n’seek.
I squeezed a toy so it would squeak,
I pushed a swing,I sang a song,
I taught a child what’s right and wrong.

What did I do this whole day though?
Not much that shows,I guess it’s true.
Unless you think that what I’ve done
Might be important to someone
With bright blue eyes-soft blond hair,
If that is true,I’ve done my share.



####

アメリカ発の幼児音楽教プログラム music together @代々木上原
毎週日曜朝開催しています。

お問い合わせ、詳細は コチラ
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by totoatsuko | 2013-05-13 09:50 | Comments(3)

それは永遠には続かない

愛する人に裏切られたり攻撃された、という痛みや傷は、一生消えることはない。

だけど、その後、どう生きるか、はその人に委ねられている。
そのショックや痛みにおおわれているときは、
自分に、
過去に起こったことの意味合いを変える、
これからの人生を変える選択肢がある、
などと気づく余地がない事も多いけれど。

痛みは、その人を飲み込み、
その後の人生を暗闇にすぽり覆うだけの恐ろしい力をも持っている。

その闇を
生き方の変化で自分にとってのその出来事の意味合いを変えていくことが出来るし、
その負の遺産があるからこそ、他の人が持ちえない感覚をもって、
自分しか出来ない事を、自分の家族や社会に提示していくことが出来ると思う。


様々な人々のライフストーリーから、
そして、沢山の音楽心理療法のクライアントの方の壮絶な変容の過程を通して、そう確信できる。


トラウマティックな、ショッキングな出来事から回復すること、
瀕死の状態から、それに意味を見出し、新しい意味づけをし、生き方を開拓していくのは、
それはそれは、Heroic journey ~ 勇敢で、ドラマティックで、
とてつもない心の旅、ジャーニー の過程ではあるのだけれど。

FBに
アメリカのコメディアン ジョージ・カーリンが
彼の最愛の妻が亡くなったときに、
ボブ・ ムーアヘッド牧師の説教を引用し、友人に送ったメールの一部抜粋を投稿している人がいて、
その中の最後の部分に、とても共感しました。

一期一会。
その人、一人ひとりに出会っていくめぐり合わせ。
生きているのは今。


今、家族と生きていられることに、私が誰かに必要としてもらえる存在であることに
言葉でつくせないほどの有難さを感じる。

大事にしたい、
大事な人たちが、ただただその人らしく存在し、
共に生きていてくれることの喜びを。


以下、最後の部分。
#####
忘れないでほしい、愛すものと過ごす時間を
それは永遠には続かないのだ
忘れないでほしい、すぐそばにいる人を抱きしめることを
あなたが与えることのできる唯一の宝物には、一円もかからない
忘れないでほしい、あなたのパートナーや愛する者に「愛している」と言うことを
心をこめて

あなたの心からのキスと抱擁は傷を癒してくれるだろう
忘れないでほしい、もう逢えないかもしれない人の手を握り
その時間を慈しむことを
愛し、話し、あなたの心の中にあるかけがえのない思いをわかちあおう
人生はどれだけ呼吸し続けるかで決まるのではない
どれだけ心のふるえる時間があるかだ




以下は、引用元。
(一理あると思うけれど、昔と比べて今が、そんなにネガティブな事ばかりでもないけどな~、
と思いながら前半部分は読んでいました。)
####
ビルは空高くなったが、人の気は短くなり
高速道路は広くなったが、視野は狭くなり
お金を使ってはいるが、得るものは少なく
たくさん物を買ってはいるが、楽しみは少なくなっている

家は大きくなったが、家庭は小さくなり
より便利になったが、時間は前よりもない
たくさんの学位を持っても、センスはなく
知識は増えたが、決断することは少ない
専門家は大勢いるが、問題は増えている
薬も増えたが、健康状態は悪くなっている

飲み過ぎ吸い過ぎ浪費し、笑うことは少なく
猛スピードで運転し、すぐ怒り
夜更かしをしすぎて、起きたときは疲れすぎている
読むことは稀で、テレビは長く見るが、祈ることはとても稀である
持ち物は増えているが、自分の価値は下がっている
喋りすぎるが、愛することは稀であるどころか憎むことが多すぎる

生計のたてかたは学んだが、人生を学んではいない
長生きするようになったが、長らく今を生きていない
月まで行き来できるのに、近所同士の争いは絶えない
世界を支配したが、内世界はどうなのか
前より大きい規模のことはなしえたが、より良いことはなしえていない
空気を浄化し、魂を汚し
原子核を分裂させられるが、偏見を取り去ることができない
急ぐことは学んだが、待つことは覚えず
計画は増えたが、成し遂げられていない
たくさん書いているが、学びはせず
情報を手に入れ、多くのコンピューターを用意しているのに
コミュニケーションはどんどん減っている
ファーストフードで消化は遅く
体は大きいが、人格は小さく
利益に没頭し、人間関係は軽薄になっている
世界平和の時代と言われるのに、家族の争いはたえず
レジャーは増えても、楽しみは少なく
たくさんの食べ物に恵まれても、栄養は少ない
夫婦でかせいでも、離婚も増え
家は良くなったが、家庭は壊れている

忘れないでほしい、愛すものと過ごす時間を
それは永遠には続かないのだ
忘れないでほしい、すぐそばにいる人を抱きしめることを
あなたが与えることのできる唯一の宝物には、一円もかからない
忘れないでほしい、あなたのパートナーや愛する者に「愛している」と言うことを
心をこめて

あなたの心からのキスと抱擁は傷を癒してくれるだろう
忘れないでほしい、もう逢えないかもしれない人の手を握り
その時間を慈しむことを
愛し、話し、あなたの心の中にあるかけがえのない思いをわかちあおう
人生はどれだけ呼吸し続けるかで決まるのではない
どれだけ心のふるえる時間があるかだ
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by totoatsuko | 2013-05-10 14:10 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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