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音楽療法と自己肯定感

d0065558_15453872.jpg未就学児向けの療育施設、
発達わんぱく会 
- こころとことばの教室
で、音楽療法を行っています。

小学校入学によりこっこの利用を終了したり、利用されるプログラムに変更があったり、とかで
今週で私のクラスが最後のお子さんたちもいます。

毎年、この時期は、
さよなら、が沢山あります。




そんな中で、保護者の方たちが音楽療法 という、まだ日本では沢山ないプログラムを子どもに体験させたことについて、色んな言葉で思いを伝えてくれます。

その中の一つは、

篤子さんからは、音楽の楽しさ、リズムにのって踊る楽しさ、
そして何より 人と心を通わせる楽しさを沢山感じさせてもらえた時間だったと思います。

子どもたちと一体となって音楽の世界を広げる篤子さんの教室は、見ている私も楽しかったです。

篤子さんが”私ってステキ!” と思えるる時間になれば、とお話されていたのを今でも思い出します。

私は最近(やっと?)
療育とは、
健常児に近づけるためにおこなうものではなく、
本人がハンディとうまく付き合いながら、そして社会参加しやすくするように心身を成長させるものではないかとおもうようになりました。

篤子さんのおっしゃっていた自己肯定感って、本当に大切なのではないかと思います。


私はこれから先も、迷いながら悩みながら子育てをやっていくと思います。
そんな時、 篤子さんの”私っていいな!” という言葉を思い出して、初心に戻りろうとおもいます。

素敵な音楽の時間をありがとうございました。


というお手紙。
おもわず ほろり ほろり と涙が落ちました。

スタッフと一緒に読んで、一緒に涙を流しました。
日々、子どもたちの事を思って一生懸命やっていることにたいして、
こんな風におもってくださる人がいる、というのは、本当にうれしいし、
そういう風に思うようになったお母さんの気持ちの変遷の過程では、ほんとうに様々な思いの経験をされたと思うからです。


発達がゆっくりな子どもだけでなく、
誰にとっても、”自分は自分でいい” と自分で思えること、
そして、ひいていえば、身近なひとが ”あなたらしい あたながステキ” と思ってくれている事

ほんとうに、生きていくうえで大切な気持ちだと思う。


自分で自分を芯のところで肯定できていたら、
何かあった時に、”無意識に” 相手を誹謗中傷したり否定することによって、自分を保つ、
ということもしなくて済むし
違う意見をもつ者同士も、意見が通らないからといって、人格否定に飛躍するような事もする必要も心理的にうまれないだろうと思う。

このお手紙や、保護者の方たちの言葉で、
音楽療法士としての私も、”それでいいよ” と肯定してもらえたような気持ちで、
とても嬉しかったし、これからも、難しいケースも、チャレンジしながらやっていこう、という気持ちにつながりました。


発達がゆっくりな子どもたちは、
自分の言動が否定されたり、訂正されたり、違和感をもって受け止められているのを肌で感じ取りながら
人と関わる事自体がストレスだったり、劣等感をもっていたりするから、

だからこそ、自分は自分でいいんだ、 って思える自信を自分から持てるような経験を積ませてあげたいし、そういう自信が芽生えてきたら、ちょっと難しいことにだって、苦手なことにだって、”自分から” ”がんばってやってみたい” と失敗を恐れずにやろうと思えるようになってくることがよくある。

今年度も、どんどん目が輝いてくる子どもたちの姿をみさせてもらえました。


音楽療法の時間は、楽しいだけじゃなくて、
時に、ものすごい怒りが吐き出され、音楽や療法師は、それを受け止める器だったりする。
相手と療法士の魂と魂がぶつかり合って、ぶつかり合って、でもその愛のあるぶつかり合いの中で化学反応が起きて、自然な変容が生まれたりもする。


これからも、目の前にいる人が、そしてその人を支えている人が、
より肩の力が抜け、自然体で、自分に自信をもって心豊かに過ごせるような手助けを、
音楽やアートをつかっておこなっていきたいと、改めて年度末に思いました。
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by totoatsuko | 2013-03-27 15:46 | Comments(0)

生と死の境目を生きている

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子どもの友達が交通事故にあい、乗ってた自転車はぺちゃんこ。
運が良くて、松葉つえですみ、彼をこの世界から失わなくてすんだ。


同時に、自転車で世界一周を試みていた女性が、あと少しというところで、癌がみつかり、肉体的にも経済的にも過酷な治療を乗り越えて、復帰、という話も身近な人からきく。彼女の周りのどれだけの人が、彼女を思い、彼女と共に生きているか。

もし、自分や家族の身におこっていたらと思いながら聞いていると、胸が痛くて涙が流れました。

自分の毎日が、平和にすぎていると、
本当は私たちは ”生と死の境目を生きている” ということを忘れそうになる。 
何か大きなものに生かされている事
心おだやかな明日を当たり前と思えることのありがたさを。

大事な人たちと生きることが出来ることに、
自分を必要としてくれている人がいることに、改めてこころから感謝。


そして、逝ってしまった私の大事な人たちへ、
そして、辛い思いをしている仲間たちに、思いを馳せる。
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by totoatsuko | 2013-03-25 09:03 | Comments(0)

常識的な教育システムに革命を起こそう

d0065558_1051197.jpgイギリスの教育者, ケン・ロビンソン卿のTEDでのスピーチ。 (日本語訳ついてます)

ブラック・ユーモアいっぱいで笑いながら、すごく共感する話がきけました。

今の教育システムは破たんしている。
破たんしたものを、 その線上で改良しても解決は生み出されない、
根本から 教育そのものを変える努力をしなければ、という主張。

NOT renovation, but Revolution
という言葉を使っていました。

環境危機だけでなく、人という環境が危機的である、
だから、教育を根本から変え、人の生き方や価値観を変えていこう.

人は、好きなことをしていると、その力を十二分に発揮できる。
パッションを持って取り組めることの素晴らしさ、
そんな生き方が出来るということ。

私たちは、常識に囚われて生きている事に気づいていない。
常識の奴隷である事に気づいていない。

Revolution を起こすのはとても大変なことだ。
だって、常識 と闘う事だから。安心を失い、痛みも伴う。
でも、それは 今 必要なんだ。

という話を、色んな引用をしながら、笑わせてくれながら話してくれる。

トレーニングされた経験ある音楽療法士やアートセラピストが持っているものは、
必要な革命を後押しする力があるだろうに、と思いながら聞いていました。。

アートを道具に、コミュニケーションやパッションを持つことや、
マルチタスクを同時に処理していく力を磨くこととか
アートを使って、アート以外の学びを促す。

すでに、一部の企業や学校では、
アートをつかった様々なワークショップが世界レベルで取り入れられている。
でも、まだそのスタイルが、教育システムの中核には入り込んでいない。
まだ、スパイス程度に利用されているレベルだと思う。

人を豊かに教育する、常にクリエーティブに考えて生きる道を探す力を養う教育
否 人が必要なことを学ぶ個々人にカスタマイズされた、
体験型の学びの環境や場を、学校や会社の中につくることができる。

このスピーチを聞いて、改めて、そう強く感じました。

まだ、日本という土壌に、日本の常識にチャレンジするのは早すぎるかもしれないけれど・・・
いや、早すぎる、ということはなくて、自分次第ですよね。


連携をとろうと思ってくれる人を見つけていくことや、
ニーズとスキルを繋げる努力をしなければ。
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by totoatsuko | 2013-03-20 10:46 | Comments(0)

子どもによって、違う世界を学ばせてもらう

知的障害を持つ子どもの親が書いた、
子どものエピソードと、それに対するまなざしを下に引用します。 

自分の育てられ方と違う、
これまでの価値観とは違うものを自分の中から生み出すことはとても大変な作業だけど、
逃げずに乗り越えたら、新しい視野が広がる、新しい世界が広がる。

心がじわじわあったかくなったし、
自分の価値観を変えるプロセスの苦悩を思うと涙も落ちてきました。

同時に、ここには書かれていない障害をもっていなくても受ける、
様々な世間からの辛い反応や、生きることの難しさ 
(それも、またユニークに、温かく、おおきくとらえられていると思うけど) を思うと、ほんとうに、
保護者として、以下の文章のように捉えられることの貴重さ、
そして、お子さんがそのように親に見守られて生きている事の素晴らしさ、
そして重さを感じます。


以下の引用は、前後の文脈の中にある、本の一部です。


ーーーーーーーーーーーーーーーー
ニッコリ笑っていてくれるだけで、
まわりを温かくし、
光を発している知的障害児の長女。
ここに人間の価値がある。
ーーーーーーーーーーーーーーーー

結婚して三年目にやっとできた長女は知的障害児で、
努力やがんばることができません。

二十七になりますが、知能でいうと七歳くらいです。

日常生活にはなんの問題もありませんが、
自分の名前を漢字で書いたり、足し算、引き算を
したりなどはできません。
しかし、この子は、自分より立場の弱い人、
怪我をしている人を見れば、
駆け寄って『大丈夫?』と手を貸すような子どもで、
教えられることがたくさんありました。

小学校四年生までは運動会の徒競走が
五十メートル、五年生と六年生は百メートルでした。
長女は小学校五年生まで、徒競走はずっとビリでした。

染色体の異状により、脳細胞や体の筋肉が普通の人の
三分の一くらいしか発達しないため、ものをもったり、
走ったり、歩いたりなど、なにかをする能力は
三分の一くらいしかありません。
そのため、走るというより速歩きという感じです。

小学校六年生のとき、
運動会に行く前、なぜか妻がとても楽しそうでした。

『今日はいつもより楽しそうだね』と言うと、
妻は『初めて徒競走でビリじゃない姿が
見られるかもしれない』という返事。
どういうことなのかと尋ねたところ、次のような話しでした。

同級生の女の子が、運動会の一週間前に捻挫をして、
包帯ぐるぐる巻いている状態だったそうです。
誰もが徒競走に出ないだろうと思っていたところ、
『どうしても走りたい』と言い、困った先生は、
最終組で長女と走らせることに。

健常児六人+捻挫した子と長女の
合計八人で走ることになりました。

捻挫して、包帯を巻いている子と走ることになり、
『長女が生まれて初めてビリではない姿を
見られるかもしれない』と言い、ニコニコ笑いながら
朝、二人で手をつないで出かけて行きました。

夕方、ニコニコして帰ってきたので、
『どうだった?』と尋ねると、満面の笑みで、
『それがまたビリだったのよね』という答え。


すいぶん楽しそうな顔だったので、
経緯を教えてもらいました。

健常児六人が五十メートルくらいのところを走っているとき、
長女は十五メートルくらいの場所を走っていた。

捻挫をした子は十メートルくらいの地点を走っていたそうです。

長女は、後ろを振り返り、気にしながら
前を走っていたところ、捻挫をした子が
『キャッ』と言って転んでしまいました。

それを見た長女は『大丈夫?』と言って逆走し、
その子を助け上げ、肩を支えながら、
一緒にトコトコと走ります。

ゴールする、前に捻挫をした子の肩をポンと押し、
その子が先にゴールしたと、妻は言いました。

九十メートルくらいのところで、係のお子さんが
ゴールテープを取り直して張ったそうです。

父兄が二千五百人くらい来ていたそうですが、
みんな立ち上がり、九十メートルあたりからは
拍手をして応援してくて、感動的な光景だったと。

長女は捻挫した子を助けながら走ったにもかかわらず
最後のところで、自分は先に行かず、彼女を先に
ゴールさせたということです。


妻が『それでまたビリだったのよねぇ。
そういう子どもだもんねぇ』と笑顔で言うのを、
私は苦笑いして聴いていました。

しかし、その苦笑いしていた顔が、だんだん真顔に。


私は、父親から『努力しないやつはバカだ、クズだ』と
何十万回と言われ続けて育ちました。

『どうもそうじゃないみたいだ』と思いながら生きてきた
ものの、長女の生き方が父親から教わったこととは
まったく違い、衝撃を受けました。

私にとって人生観を根底から覆すような出来事だった。

そのため、一週間考えました。


一週間考えて出た結論は『長女の生き方が正しい』
というものでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ただ、私の魂がどちらの生き方を喜んでいるかと
考えたときに、長女の生き方が本質だと思い、
喜んでいる自分がいることに気がつきました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私たちは、小・中・高・大学・大学院、会社、社会、家庭
というすべてのところで、『努力しないやつはバカだ、クズだ』
『競いあい、比べあい、人より抜きん出ることが
立派な人間である』『負けてはいけない』『成功しなければ
ならない』と教えこまれてきました。

しかし、『人間の価値は、それらとは違うところにある』
この新しい価値観を長女が教えてくれたのです。

長女は、いつもニコニコしていて、私が家に帰ると、
眠い目をこすりながら『お帰り』と言って玄関先で
迎えてくれます。

いつもニコニコしていて、
楽しそうに、幸せそいうに暮らしています。

『努力しないやつはバカだ、クズだ』という
価値観とはまったく違い、

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ただそこにいるだけで、まわりの人に幸せを
感じさせてくれる存在です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この子が笑顔でニコニコしているだけで、
まわりをとても温かくし、
和やかな空気にします。

小学校を卒業するとき、
校長先生が次のようなコメントを書いてくれました。

『笑顔とありがとうという言葉は、
学校の中で最高のものでした。これほど笑顔と
ありがとうの言葉が似合う子どもはいなかった』と。

私は父親から
『がんばらないヤツはバカだ、クズだ』と何十万回と言われて
育ってきました。長女が生まれてこなければ、
ずっとその価値観で過ごしていたでしょう。

しかし、わが家に知的障害児の子どもが生まれてくれた
おかげで、人間の価値は、努力すること、がんばることではない
と教えられました。

長女は、ニッコリ笑っていてくれているだけで、
まわりをとて温かくし、光を発しています。
ここに人間の価値があると教えに来てくれたのです。

ーーー
書籍『脱力のすすめ』
小林正観(著)より。
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by totoatsuko | 2013-03-04 20:11 | Comments(0)

楽器を演奏したい!

music together 講師? 仲間の方のブログ

自然に、日常に音楽があること。
自分がやりたい! と思って楽器を奏でること、
自然に歌い声が生まれ、家族や仲間と笑い合って歌えること。

music together には、そのエッセンスがぎゅっと詰まっています。


音楽に限らないけれど、
好き!って気持ちと、
やりたい!気持ちは、ほんとうに大切にしたい。

私も最近、子ども達のお陰でピアノの前に座る時間が増え、
何気なく日常で歌い、音楽に合わせて体を揺らし、
音楽の話しを子ども達とする事が増え、
日々の喜びがふえています。
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by totoatsuko | 2013-03-04 20:02 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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