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雪山へGo!

d0065558_23443854.jpg雪山に行きました。

年長のムスコは1レッスン受けて自主錬してたら、その日のうちにスノボ、まだターンは出来ないけど、左右にゆらしながら、時々、真下に向かいながら滑れるようになっていました。凄いですね、子供って。

私は、大人になってから1日スノボに挑戦しましたが、滑れるようにならなかっただけでなく
その日の夜、首が一方向に固定されて、肩がこりこり、カラダも全身筋肉痛。あきらめた経験があります。

年中のムスコは、自分でまだムリとレッスンうけてみて思ったようで、直球直滑降のスキーを満喫していました。

でも、練習中の兄と一緒にすべるときは、ちゃんとスピードコントロールして、
左右に蛇行して滑ったり、兄が転んだら、ピシっと回り込んで急停止し。兄が立ち上がるまで待っていて、
また兄弟一緒に嬉しそうに滑っていて、見ていて本当に心が嬉しくなりました。

去年初挑戦の雪山で、ムスコたちがすぐ滑れるようになり、3人で爽快に滑るのを楽しめたのがとても嬉しかったけど、今年は母がそばで滑っているいない、に関係なく滑りを満喫する子どもたちの姿に成長を感じました。今年は、ホンキで次男の滑走の早さについていけませんでした・・・

子どもの成長をみるのって、ほんと喜びをもたらしてくれますね。
誰かと比べてどう、っていうんじゃなくて、
その子が喜んでいる姿、必死に頑張っている姿、できるようになって誇らしげな姿、人に優しくしている姿など、日ごろバタバタしている毎日では見ない姿を雪山で垣間見せてもらって、親である喜びを味わわせてもらいました。



雪山にいたとき、新聞で 東北の震災で家族を亡くした人が、亡くなった家族あてに書いた手紙を読みました。
高校生の娘が亡くなった父親にむけて、80代の両親が、亡くなった40代の娘に対して書いた手紙などを読んで、胸が締め付けられ涙がとまりませんでした。 

さぞ辛かっただろうに、
どうして死んでしまったの!? 
かわってやりたい。 
頑張って生きているよ。
一緒に過ごした時間が宝物。
この体験があったからこそ、私は親がいない子どもの気持ちが分かる保母さんになるろうと思う。
老後の親は私が面倒みる、と嫁に行かなかった娘。こんなことになるなら、嫁に出してやればよかった。いや、そうであったなら、余計悲しむ人が増えるから、これでよかったのかもしれない。

遺体安置所で、パンパンに水ぶくれした姿をみて、やせていたお前だと気づくことが出来なかった。そのせいで、その遺体が火葬される、という日にも出向かなかった、ごめんよ。後から、いろんな人の話をきいて、あの遺体がお前だと気づいた。。。

津波当日、後からあとから施設に押し寄せてくる被災者の方たちの対応に追われながら
お母さんたちはきっと待ってくれてる、被災した人たちのために頑張る自分を応援してくれてる、と思っていた。
やっと時間ができて、弟とまず、それでも、遺体安置所にむかったら、夫婦ならんで横たわっていた。最後まで仲よしだったのね。民生委員のお母さんはほう頭巾を被っていたから、最後まで町の人のために走り回っていたのよね。






彼らだって、去年の今頃は一緒に幸せな家族の時間を過ごしていたはず。

今年悲惨な体験をしたのは日本だけでなく、
エジプトやリビアなどの古い体制を壊した人たちが味わった痛みも相当なものだと思う。
ドメスティックバイオレンスや、偏見、圧力、意地悪、いじめ、、、 表に出てこない痛みも沢山ある。

体験した人にしか分からない痛み。
そして、本質的には、究極的には自分たちでその痛みを何かに変えていくしかない重さ・辛さ。
彼らの身代わりになることは出来ない。
そして、彼らが本当に求めていることは、彼ら自身が見つけていくもの。

お金や時間や資源は与えられるかもしれない。
プログラムも、構想も与えられるかもしれない。
能動的に 「受身でいきる」ことも、選択肢だ。

こういう経験を踏まえて、被災者として、あるいは日本人として、あるいは地球人として、何をひとうひとつ選択していくか。何をどういきていくのか。口先だけ動かしているのではなく、一時の感情の波に流されることなく、未来をいきる子供たちと一緒に考えながら、対話をつづけながら、じっくりとみつめ与えられたものを生きていきたいです。





パークサイド広尾レディースクリニックでの月一回の 
アートや音楽を使ったリラクゼーションセッションの次回の予定は
1月7日(土) 10時半~12時半。
参加費 3000円

土曜の朝、静かな自分との対話、自分を解放する時間をもってみませんか?

ご予約は クリニックへ直接お申しこみいただけます。
内容のお問い合わせ、ご予約は letsmusicingATgmail.com までお願いします。


音楽心理療法・ Guided Imagery and Music 個人セッション (HP)も、上記のメールアドレスより受け付けています。体験談はコチラ
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by totoatsuko | 2011-12-30 23:44 | Comments(0)

感謝

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数週間前、今年最後の金曜会。

ほとんど毎週  
一番下の子どもが生まれて数か月後からはじめたからもうじき3年。

自分のこどもたちが、今のマイナス3歳だったなんて、、、
振り返れば生活も、子育ても、子どもの様子もあの頃とは随分かわってきました。

今夜は何人 人がくるのか分からなくても 
人がくる様子をみながら作り足したり、
多めにつくっといて余ったらみんなに持って帰ってもらったり。

最近はほとんど事前に料理の準備をすることなく、集まってくる中でお喋りしながらざっと料理。
食材も買いだめしてなかったら、それはそれで、乾物中心になんとかなるし、
そういうアバウトな感じを受け入れてくれる気心の知れた仲間、その時 その時違う集まった仲間が作るカラーとダイナミックスの金曜夜の時間から沢山のエネルギーをもらっています!

自分のこどもが他のこどもと 大人がはいらない世界でどう振る舞っているのかを垣間見ることができるのも、すごく嬉しいし、こどもたちも、親がいるけど親に色々いわれない、というバランスの中で、わっさ~~っ と遊びまくるのは楽しそうです。


明日は大晦日。
ほんとうに、私なりに頑張って道を歩いてきたんだ

と振り返ることが出来る地点に今立っていられること
いま、仲間と子どもたちと家族とこうあれることに、ほんとうに ほんとうに心から感謝です!

精神的に・心理的に死ぬ、 
というのは ほんとうに経験しないと分からないくらい深い ふかい体験ですね。 

自分から好んで奈落の底に落ちること、
あるいは自分を自ら刺し殺す事は、怖くて出来ない。
自分で自分を殺せない。
その事実は、私が必要な成長を妨げることだってあると思う。

脱皮が必要な時期が来たときに、古い考えの自分や 不必要な自己像?なんかに無意識に固執することしか出来なかったら、限界をきたしている自分の世界観や、価値観を柔軟に広げたり更新していくことができない。

「いやがおうにも突き落とされる」、
無にたちかえってみる、 
死の痛みと闇の中から自分なりに再生の道を見つけていこうとする道を歩む。

そこ過程を通していろんな人の助けを借り、人とつながり、
生きていること、命があること、人の、人の心のありがたさを改めて学ぶという経験をさせてもらうことが出来るとおもう。

振り返れば、昨年は、いかに死んでいくのか、がテーマだったと言えるかもしれません。
今、やっと、そう肯定できるくらい、内的な死から距離ができてきたのでしょうね。

今年は、再生への足掛かりをつくっていった、
まだ弱いけれどすこし明るい色合いの感じがする一年でした。

まだ、私はどう生きていきたいのか以前持っていた将来像のようなものに相応するような価値観や自己像が見出せていません。生まれたばかりだから、まだ。 それでいいと思っています。ゆっくり、ゆっくり、日々 自分が何をどう感じているのか、できるだけ深く味わいながら、新しい自分を、自分像?を見つけていきたい、あるいは構築していきたい、と思っています。

全ての人に 心から感謝します。
そして、生かされていること にも感謝します。

明日、どうなるか分からない命 家族との、大切な人との日々、大事に だいじに生きて生きたいです。

そして、世界がより平和で 人々がより心穏やかに暮らせることを心から祈っています。
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by totoatsuko | 2011-12-30 23:07 | Comments(0)

坂の上の雲

NHK・坂の上の雲、を12月から見始めました。
といっても、3回目にしてすでに昨日は都合によりみれなかった・・・・
我が家のTVは10年以上前のものなので、年末実家に帰った時オンデマンドで見せてもらおうか、とおもうほどの思い入れようです。普段TVをみない私には、めずらしいこと。

司馬遼太郎の代表作の一つ。
明治になって、日本が近代化を急ぎ、そのなかで起こっていく戦争。
秋山兄弟と詩人で従軍記者でもあった正岡子規を中心に、物語の最初はすすんでいく。

Wikiには
『坂の上の雲』とは、封建の世から目覚めたばかりの日本が、登って行けばやがてはそこに手が届くと思い登って行った近代国家・列強というものを「坂の上の雲」に例えた切なさをこめた題名である。

と書いてあります。


私が12月最初にこの番組をみた時は、日露戦争まっただなか。
旅順の戦い。

あ~、夏からちゃんと見たかったです・・・

というのも高齢者施設でのセッションで、このあいだ、そのTVのことを少しはなしたら、
すぐさまポロポロっといくつかの歌の一節が参加者の中から歌われました。
その方たち、あの年代の人の気持ちが、以前とはまったく違う色合いで感じられました。 

戦争に対する思い。家族を思う気持ち、部下の兵士を思う気持ち、死に対する気持ち。

来週は、日露戦争あたりに歌われた軍歌、その当時の映像などを中心にセッションの内容を組んでみました。グーグルで検索すると、沢山の映像がでてくるし、当時の活躍した軍人たちの話もでてきて、調べ始めるときりがなくなります。

戦争をテーマにしたセッションをする、というのはとても勇気のいることです。
軽々しく、戦争を知らない私なんぞが語れる時代の話じゃない。 

そう、私は語らない。
彼らが、語る場を、空気を作るのが役目。

戦争の話はしたくない、と思っている人もいる。
でも、辛かったどうしようもなかった、戦争に対する日本軍部にたいする相反する気持ちを持ち合わせている方も沢山いるけれど、もうこの時代それを語る相手はほとんどいない。それを引き出すプロセスというのはとてもセンシティブなプロセス。 もしかしたら、ものすごい闇の端っこを引っ張り出そうとしているようなことになるかもしれない。

でも、そこには、やっぱり 日本人としての誇りだったり、国をせおってがんばってきた、という自負なり、ものすごいパワーだって秘められている。

どっちが悪い、誰が悪い、という話ではなく、あのとき感じていた強い感情の何か、戦争がひと段落したときの安堵感、天皇への信頼感などにスポットライトをあてたい。

1グループ20~50人、しかも途中で参加者は入れ替わり立ち代わり。
そんな大きなグループでは、
なかなか じっくりと心の深い深い水脈をたどり、確かめ、流れているものに、
参加者同士が、そして私自身が交わりながら、
もう長く誰も訪れていなかったその流れの温度や水量を感じてみるような内容にするのは不可能なのだけど。

何人かは、数か月の間に少し関係が築けてきたので
その人たちを中心に、
また、 何が起こるか分からないセッション中
誰かが何かを言い出す、反応を始める どんなハプニングも受け止められる心づもりで
セッションやってみようとおもいます。

ただ、やっぱり大人数だから、あまり深くいかないように気を付けないと。
一人では手におえないことは、引き受けない、予防するのも、私の責任。


#####
実際セッションを行ったところ、
涙をながして、この時代のことは涙ながらには語れない、
でも、こういう場をもうけてくれてありがとう
今日のセッションは、自分の人生をざーーっと振り返ったような気持ちになれたよ、すごくよかった

等、個人的にセッションが終わった後言いに来てくれた方が数名いて、
勇気をもってやってよかった、と思いました。

その人にとって辛いことを含む思いで、主に高齢者の場合 戦争 というのは大きなテーマの一つですが、
そういう辛いところをほじくるような、タッチするような内容のセッションをするときは
参加する人たちとの信頼関係とか、その暗さに溺れさせないこちらの度量が必要で、
ほかのテーマをあつかったセッションをする時よりは、気持ちの持ちようが違うのですが、
避けて通れない、避けるべきではないテーマなので、ひきつづきこのテーマと向かい合い
よりいいセッションが、より心に響くセッションが出来るように精進したいと思います。
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by totoatsuko | 2011-12-19 17:06 | Comments(0)

音楽心理療法 カウンセリング 体験談 1

5か月間で9回の私とのGIMセッションを体験した方がメールに書いてくれたその心の体験、心が自分が変容していく様子。
許可をいただいて、以下にシェアします。

言葉だけで行うカウンセリング・心理療法と異なり、
音楽心理療法・Guided Imagery and Music (GIM)は、そのセッション中に体験する ”イメージ体験” (自分の無意識で感じてること、気づいていることを 深いレベルで変遷意識状態で体験する)”非言語体験” が、心の変容のプロセスを力強く推し進め、サポートしてくれます。

******

「白く雪が積もる、あの山に帰りたい!!」


根底から揺さぶられるような強い衝撃、味わったことのない胸の痛み、溢れ出す涙、
鳥?木の葉?遠くから猛スピードで私の目の前に飛んできて、消えた・・・
あとはただただ苦しい胸を押さえて、号泣。


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第1回目のセッションでの出来事。
自分でも理由のわからないまま、胸の痛みだけがリアルに残った。
篤子さんの言葉は、
「自分で自分の心に気付いた(心の奥底に隠れていたものを見てしまった)
 あとは心の自然治癒力が働いてワインが熟成していくように
 ”時間”というエッセンスを使って癒していく」
というものだった。

時間を置いてセッションを続けることで、さらに深い部分へ入っていける。

変化はゆるやかにやってきた。
本人も気付かないうちに葡萄がお酒へと変化していく。

さかのぼれば幼少期、周囲の大人に植えつけられた「常識」の囲い。
その囲いから出たくてもがき苦み、
そして囲いが私と他人との関わり方を難しくする。
1歩前へ出たいのに、その1歩が出せない・・・
誰か助けて!

胸のつかえを抱えたまま数回のセッションを終える。
前へ進みたい気持ちとはうらはらにセッションで音楽が流れるたびに眠ってしまう。
私の心が扉を開きたくないのだ。
篤子さんは、
「外に出たいというけど、そんなにそこは居ごごちが悪いの?
その場所が居ごごちがいいならそこでもいいじゃない」
そうなんだ・・・このままでいいんだ!
今まで立ち止まることを誰もよしとしなかった。
初めて自分を認めてもらえた瞬間だった。

そこからは自分を確認していく作業の繰り返し。
篤子さんの音楽や言葉に導かれて、自分を解放していく。
セッションごとに思い出や、感情の波をリアルに体験。
私の綴る言葉や、絵や、粘土から、
心の声を呼び覚ます言葉を篤子さんが選ぶ。
誰も私に言ってくれなかったたった一言、一言で心が解放されていく。

いつしか苦しく感じていた胸のつかえは消えて楽に呼吸している自分がいた。
毎日が楽しく、感謝する日々に変わっていた。
いつの間に私はこんなに楽しく過ごせるようになったんだろう?
セッションを始めた半年前とはまるで別人の私がここにいる。

囲いの中にいたころは受動的に生き、
与えられるものの良し悪しで喜んだり落ち込んだりしていた。

「自分はどうしたいのか」

主体的に物事に関わって生きるのと、
受動的に生きるのでは、生きる道が全く変わってくる。

一度のセッションで終わっていたら自分の心の叫びに気付いても
どうすることもできず、ただ立ち尽くしていただろう・・・
時間をかけて心の旅をしたことで、私は今を生きる武器を手に入れ、
楽しく生きるすべを知ったのだ。


1回目のセッションで「帰りたい!」と強く願っていた場所はきっと”ありのままの自分”。
みんなに言ってあげたい。
「無理しなくていいんだよ。」
「そのままでいいんだよ。」



追伸

1回目のセッションで私の目の前に飛んできたのは、自分自身か篤子さんか、、
あの鳥?木の葉?にサポートされながら旅をしてきたような気がする。

音楽とアートを使う 心理療法・カウンセリング Guided Imagery and Music (GIM) session についてはコチラ   

個人セッションの体験談↓

1 http://totoatsuko.exblog.jp/15128616/

2 http://totoatsuko.exblog.jp/23631344/

3 http://totoatsuko.exblog.jp/23651769/


幼児のための音楽クラス Music Together @ 代々木上原 無料体験 受付中。詳細はコチラ  
マクロビおやつ付き。お問合せは letsmusicingATgmail.com (ATを@に置き換えてください)迄。


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by totoatsuko | 2011-12-18 16:18 | 音楽療法セッション例 | Comments(0)

12月のアートベース

こどもたちがリースをつくったWS

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内容のご報告と、1月2月のアートベースのご案内はコチラで


パークサイド広尾レディースクリニックでの月一回の 
アートや音楽を使ったリラクゼーションセッションの次回の予定は
1月7日(土) 10時半~12時半。
参加費 3000円

土曜の朝、静かな自分との対話、自分を解放する時間をもってみませんか?

ご予約は クリニックへ直接お申しこみいただけます。
内容のお問い合わせ、ご予約は letsmusicingATgmail.com までどうぞ~。
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by totoatsuko | 2011-12-17 01:49 | Comments(0)

エピローグ

The journey without a map.

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My life is one which I never planned and which was taken without maps. Sometimes, it is a journey through the winter landscapes of the soul, that far country where I found myself after unexpected, sudden, and shattering losses. In this landscape there really can be no maps, no markers to chart the course of grief. There I’d been forced to find my own way.


The journey of grief through mourning into melancholy always has a power to connect me to something beyond our existence.

I look at Van Gogh’s painting, Starry Night. What must he have felt in those moments under the canopy of all that brilliant light? I find a quiet and cool burning energy and deep sadness in that painting. Calm joy, and even music of celebration, in recognizing that we are part of the earth and the universe, that we are spiritual dusts floating in the mother universe. And also sadness in recognizing how far away we are from these moments of connection with all of creation. How our lives here are always punctuated with loss and sorrow.

I never looked for anything that evokes painful emotion, but it eventually came to me time to time and kept me growing as a person. I have been learning how much I am blessed from each of the devastating periods of my life.
The more I realize how weak I am, the stronger and more flexible I can become.

You may never know how much healing and creative energy you innately have.

So, my dear children,

I hope that you find the courage to talk to yourself, to your own shadow aspects, when the time comes.
Please do not blame someone or ignore your feelings.
I know it is not at all easy. I know it can be overwhelming.
But trust me, you can overcome the challenges and be reborn again and again as a more mature person through the process.
I am always with you to support you even when I am no longer physically here.
You can feel and talk to my spirit whenever you want to.

Love and blessings to all of you I care about.
Prayer for world peace.


あとがき
Thank you for my parents, kids, friends, everyone in the community. Without all of you, this Album wouldn't be born.
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by totoatsuko | 2011-12-11 10:24 | Comments(0)

日常へ

日常へ nichijow-he

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四人乗り自転車は曲芸の域だ、といわれることがあります。
2009年三人乗り自転車が法律で禁止されそうになった時もありましたが、
四人乗りは議論されてなかったはずです。

これが、毎朝、毎晩繰り広げられる私たちの日常。

コレがないと、いっきに我が家は機動力がさがります、、、
というかどこにも行けなくなってしまいます。
四人一緒に行動するには、今までのところコレが一番!

坂を颯爽に下るとき、
子どもたちがみんなで バンザイして うっひょ~! いけいけー! って叫んだり、
いきなり脈絡もなく「麻子サイコー!」 って叫んだり。
四人乗りにしか出来ない楽しいことがいっぱいあります。


家族がいて、みんなが元気でいて、一緒に毎日朝を迎え、夜をむかえることができる、
そのシンプルな幸せを日々かみしめています。

そこにいる、相手の事を思いあっていること。

こどもたちよ
わたしにとって、わたしとあなた達が、そしてあなた達同士が、
ひいては自分達それぞれにとって大事な人との関係の色合いが生涯にわたって変わっていく中で、
お互いを信頼し、違いをリスペクトしあい、相手に対して嘘をつかない、

何があろうとも皆の中で Trusting, Respecting & Loving な気持ちが通奏低音のようにずっと鳴り続けていることが
わたしの心からの願いです。 
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by totoatsuko | 2011-12-10 07:53 | Comments(0)

祈り

祈り


わたしたち家族が、新しい形で船出することが出来たことを神様に感謝し、
これからも私たちへのご加護のお力ぞえをお祈りしました。
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まだ三十五年しか生きていませんから、
これからも、なんだかんだと大変なことに出会うのだと思いますが
それらの経験に真摯に取り組みながら
自分なりに乗り越えていく過程の中で学びつづけ、
新たに得た力や自分の器の成長をより多くの人のために活かしていける人になりたい。


肉体的な死は本人にとっても家族や仲間にとっても大きなイベントですが、
生きながらにして心理的に死ぬ、という過程は、なんとパワフルな体験なのでしょう。



あなた達に出会わせてもらえたことに、
あなた達が元気でこの年齢を迎えてくれたことに、
一年半、崩れ落ちず生き抜こうとしていた私を見守り、支えてくれたおおいなるものや人の心に
震えるほどに感謝。

まだ、まだうずいている傷の痛みは、きっといつか全く違うものになって私を支えてくれる大事なものになる。
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by totoatsuko | 2011-12-09 08:48 | Comments(0)

いざ

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いざ Iza


わたしたちは、ほんとうに沢山のひとたちに支えられています。
人だけじゃない、地球にも、なにか大いなるものにも。
感謝しても、しつくせないくらい。


そんなありきたりのこと、人が教えてくれるし、本にも書いてあります。
でも、自分の体や心を削って体験しないと、決して本質的に、その重みには気づかないものです。

人生は、小説のように他人の人生を読んでいるように生きていては真に自分を生きられない。
自分で試してみて実験しながら転んだりつまずいたりして涙を流したり、
頑張った結果うまくいってその喜びを体を震わせながら感じたりすることで、
与えられた命を大地に根をはって自分しか描けない絵を創造する過程を生きることができる、と思う。

そう信じて、あなたたちを育てさせてもらっています。
そう信じて、自分の道を生きています。

悲しみも怒りも、喜びや安心感と同じくらい大事な味覚。
甘いだけのお菓子なんておいしくない。
苦味も渋みも辛味も知っているから、甘味も楽しめる。
どんな感情も同じくらい大事。

避けるべき感情、というのはない。

酸いも甘いも全部味わい尽くせる、そんな心の体力をはぐくめば、
人生はもっと味わい深く、面白くなる。


こころの持ちよう、自分や人の気持ちを察するちからが、
ごまかしがきかない 「生きざま」 が その人の「背中」 に反映される。
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by totoatsuko | 2011-12-08 13:57 | Comments(0)

支度

支度 Shita-ku

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4者4様、みんな違って、みんないい。
好きな食べ物も、好みの服も、好きな寝場所も、好きなお湯の熱さも、
その時の気分でみんなちがう。

ちがうから面白い。
ちがうからインスパイアされる。

でも、決まった時間に出かけなくてはならない時は、ときどき大変。
みんながみんな、同じテンポで支度できないときもあるから。

ママはみんなのための雑用、ボーイズはサッカー、my girl は洋服選び
それぞれが忙しくて、やってることに夢中で、楽しくて。



そうそう、こないだなんて朝の7時20分に家をでなくちゃいけないのに、
ママが目をさましたのは7時10分。さいわい僕らは服きて寝てたから、
起こされて布団から保育園へ直行。

ママは不可能そうなことを、さらっと可能にするときがある。
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by totoatsuko | 2011-12-07 02:57 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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