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ゆかたも着おさめ

d0065558_031382.jpg自分でゆかたをわりと簡単にきられることがわかって、この夏は10日くらいは浴衣を着てたのしめました。

でも、もう八月もおわり。
浴衣もきおさめ。

9月の頭の週末に行われる富山での おわら・風の盆 というお祭りで踊られる踊りをYoutubeでみようみまねで半分くらい習得して、半分くらい勝手に創作して、高齢者施設で セッションの始まりに踊りました。盆踊りとは一線を画す、胡弓の音がとても印象的な音楽なのです。

いつもは 「みなさん こんにちわ!」 という挨拶からはいるのですが、
このたびは、CDで 風の盆の歌をながしはじめて、後ろにひっこんで、笠を目深くかぶって、はしっこのほうから、一部の人にとっては背後から、ゆっくりと踊りながら登場する、という演出をしてみました。



すると、見えてるひとがぱらぱら拍手をしてくれて、見えてない人は え? どうして なに? とおもって振り返ってみようとしたところで、輪になってすわっていらっしゃるところに、私が踊りながらやんわりと入っていくかんじ。
わぁ~~ ステキ~ (って自分でかくのはくすぐったいですが) と ゆったりと踊りながら ゆっくりと輪のなかに入っていくわたしを受け入れてくださっているのを感じながら、

ゆっくりと、お一人おひとりに目を順番にあわせながら、おどっていく。
顔がちかづいたら、笠の素材の草のフレッシュな匂いが届きます。


まだ 自分のなかで、この施設でのセッションのスタイル、組み立て方、みたいなのは模索中なのですが、
五感を刺激する セッションにしていきたいです。

受け身で、感動するようなものを鑑賞するのも 情動の刺激になるし、何かのモチベーションにもなる
匂いだって、いろんな記憶を刺激するし、
手触り、肌感覚 には 心をなごませる働きがある。


受け身で感じた感傷、感覚は、そのまま内的に味わってもらってもいいし、
こちがら、もう一歩介入して、その感覚を人に伝える、誰かと共有する、あるいは言語化・色彩化してもらって、能動的な味わいをしてもらう、など、いろんな方向へ選択しを提示することもできる。

今日着たゆかたは、白地に藍の蝶の柄。ところどころに、薄い黄色と赤。
秋口には、白すぎる感じがしたのですが、それも また話題のネタになり。

付き添いの家族の方とも機会をみて話すようにしているのですが、

いままで音楽療法ずっとあったけれど
こんな風に浴衣をきていらっしゃる方は初めてです。とても、いいわ。
こういうところにいると、そんな華やかなかんじや、かわいらしい感じを楽しむ機会がないから。
とても素敵。

と言っていただき嬉しかったです。

私は、how toものを読まずに、とりあえず自分なりにやってみる、というやり方がすごく安心して出来る、という場合があります。その最たるものは子育て、でしょうか。 これは、本当に 自慢でもなんでもないのですが、育児関係の本とか雑誌を読んだことがないんですよね・・・

それよりも、目の前にいる子どもの反応と、自分の気持ちをくみ取りながら、
育児書には書ききれない 微妙なところを自分なりに色づけたい、間違うことがあるかもしれないけど、そこから沢山まなんで、ほんとうに 目の前にいる子どもと私だけの 育児生活、親子関係を作っていける、とおもっているから。そして、本当にこまったら、信頼できる人と話たり、書物に頼ってみる。でも、受け売りはしない。自分で納得したら、自分なりのやりかたで、知識を実践に移してみる。

なので、日本での高齢者施設でのセッションのやり方、 についてはあえて文献をたくさん探らず、
高齢者施設で経験のある音楽療法士の友人から少し話をして、自分の質問点について意見をもらって、高齢者特融の心理状態、心理的ニーズについてちょっと勉強しなおして・・・
あとは、ゆっくり 時間をかけながらでも うん これだ と思えるようなアート素材を取り入れながらセッションを作っていきたいとおもっています。

そして、書きながらおもったのは、
歌も浴衣もアートもいろんな療法士としてのテクニックも大事だけれど、
一番大事なのは 参加してくださる方たちとの”関係”づくりだと思います。

この人の話だったらもっと聞いてみたい、この人に話を聞いてもらいたい、この仲間と一緒に歌をうたいたい、
そんな一対一、 そして 一対グループ の気持ちや 信頼関係をセッションの内外で築いていく、 それが セッション中の活動で より深く安心していろんな感情体験、身体体験をすることを可能にしたり、自発的言動を促す大きなポイントだとおもいます。

浴衣もきおさめ。
たくさん楽しんだから、名残りおしい。

着物も、これくらい気軽にさっと着れたらいいのですけど・・・

9月は 長月。 夜長月。
音さがし、曲さがし アイデア探しとそのアプリケーション方法探しのために私の夜はあっというまに更けていきます。
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by totoatsuko | 2011-08-30 00:32 | Comments(0)

食の汚染は今にはじまったことではない

d0065558_0105788.jpg電車にのったら、週刊誌のつり革。
放射能汚染された食品
食べてはいけない~
土壌汚染

そんな、不安をあおるような見出しをたくさん見ました。

この農作物や乳製品、お肉やお魚の放射能汚染について人々がとても敏感になっているのはいつまで続くのだろうか、この議論はどこに向かうのだろうか?

一過性のものなのか、本質的に自分たちの食卓を見直す、痛みをともなう決断をひとりひとりがしていくことにつながるのか?


食品の汚染? といっていいのかどうか分からないけれど、、、
それは、放射能に始まったことではなく、人口添加物も残留農薬も、家畜の飼料への様々なホルモン剤も、私には似たり寄ったりな問題だと思う。

放射能汚染された食物をたべることによって起こる内部被ばくについても、
専門家の間で意見が分かれている。
それは、添加物についても同じだ。


誰かを悪者にしたり、批判したりすることだけでは、何も生まれないし、前に進んでいけない。

せっかく食に対して問題意識をより多くの日本人がもつ機会を得たのだから
誰かを責めるだけではなく、何かを暴くだけではなくて、
それら事実から・いま直面している状態から ひとり ひとりが マスコミのつくるイメージや流行などに振り回されず、自分なりに考えて、個々人が いかなる食生活であろうとも、自分の選択やスタイルに信念をもつ、そして スタイルの違いを尊重できる価値観の変化につなげていくのは可能なのだろうか?
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by totoatsuko | 2011-08-29 00:11 | Comments(0)

心はいつもフラメンコ

ボランティア通訳で参加した東北の子供たちとのWS.
夜には、日本フィルのメンバーによる30分程度のミニ演奏会がありました。

その最後の演目が、打楽器の人が中心になってやる曲で、
チェロとバイオリンをバックに、わざと悦に入ってる雰囲気を演出して、
打楽器奏者の方がカスタネットをカタカタと華やかに、優雅に演奏されます。

そこへ、舞台そで(といっても、普通の部屋で、舞台・客席、の垣根なく演奏してますから、ソデというそでもないのですが)から しゃもじ とか スプーン とかを、次々と違うものを私が持って行く役をおおせつかりました。 スプーンで脇腹とかをつっついたりして、無言でこれでやってみて、 というそぶりをする、なんかコントしてるみたいなかんじ。

で、モノを渡されたら、かれは 「なんやこれ~、こんなんで演奏なんかできるわけないやろ」
みたいな表情をしながら、例えば、スプーンなんかは目にあてて視力検査か? みたいな振りをして、でもだんだん音をだしていって、最終的にスプーン4本で見事なリズムと音を奏でる、というのを20秒くらいの間でおこなっていく。できるようになったら、また 私がいたずらっ子のような目をして、見ている子どもと目配せなんかしながら、他のモノを彼に差し出しに行って
彼は、「またかいな~。 こんどはなんや~」 困った表情をして(言葉は発さない) ~ と続く流れ。

そのとき渡された物のなかに、小学校でつかうようなカスタネットがあり、
それを最後に持ってくるように、という指示をいただきましたので、
これは、やるしかないでしょう、 と思いまして、

カスタネットを持っていくときだけ、まじめなフラメンコ顔をして、なりきって手首ぐるぐるまわしながら恰好つけて登場して さっそうとターンをして エレガントにカスタネットを打楽器奏者に渡したら、、、、
 あの人って、通訳のおばさんじゃなかったけ?
打楽器の方も苦笑、聴いてた大人のスタッフも含め、みんな、もうバカうけしてくれました。 オーレー!

こんなところで、趣味が役立つとは。
シンプルな動きしかしていないのですが、こういう場ではステキに上手にみえるらしく、私も大笑い。

私は、子どものころから数年前までずっと、音楽療法を勉強する前までは
こんな おふざけなんてするような人じゃなかったのですが、
こんな風にも 自然に自分をもっていけるようになって、
こんな風にも場を楽しみ、人とかかわれるようになって、楽しみ方の幅がひろがりました。



女性のための 音楽と色と声のリラクゼーション・ワークショップ@パークサイド広尾レディースクリニックは
毎月第一土曜日10時半~12時半 3000円。 
お問い合わせ・ご予約は お名前、ご連絡先をそえていただいて、hiroo-pc AT healthcarenet.jp まで。次回は9月3日。 小麦粘土もつかう予定です。


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by totoatsuko | 2011-08-25 13:12 | Comments(0)

芸術をとおして、様々なことを教える、学ぶことができる

d0065558_1244926.jpgマイケルが別のWSのプレゼンテーションで言っていたことなのですが、 芸術教育、すれは演奏技術を磨くためのものだけではなく、様々な学習目的を達成するために使うことができるものだ、と言っていました。      (4歳児の絵→)

2007年のハーバード ビジネスレヴューにDaniel Pink の、これからのMBAはアートのMAだ、というタイトルの論文が載っていたそうです。How the 21th century brain affects creativity について語っているページはこちら。

こういう視点にふれると、
今の普及している音楽教育とはまったく違う教育、
それはマイケルがやっているような事とか、音楽療法などの世界がもってる視点がメインストリームになって教育現場、ビジネスの教育現場などでもっと頻繁に、もっとリスペクトをもって利用されるようになったら、教育の概念が根本からいい意味で覆され、もっと活発な学びの姿勢を喚起することができるのではないか、と思いました。同時に、それを実行するためには、頭も心も柔らかくなったきちんとトレーニングされた教師、ファシリテーターがいないと、ただのカオスを引き起こすだけだろう、と思いました。


以下はマイケルのHPからの抜粋です。
スペインのカタロニア地方で教育関係者たちの同意を得て実施しているプログラムでも、
以下のような関連性が指摘されています。

個人レベル
o 自主性
o 表現能力の拡大
o 規律
o 分析能力/クリティカル・シンキング(批判的思考法)
o 自己形成と自発性
o エモーショナル・リテラシー(感情制御知識)

対人関係レベル
o 自分以外の人間への尊重(考慮)
o チームワーク
o 問題解決能力
o コミュニケーション能力

市民レベル
o 多様性(の享受)
o 文化的自覚

これらを達成する課程は、表現者でありながらも特別なトレーニングを積んだ実践者たちと協力して行われれば、非常に大きな効果が期待出来ます。

このようなメソッドが効果的であるかどうかというのは、議論するまでもありません。このメソッドが携わる人々に人生に大きく影響するような体験を推奨することでき、考慮すべきものと確証づけられています。

#####

なんだか、音であそぶ、即興であそぶことで、上記のような側面を体験できる
楽しむことが目的のWSを新しく企画したくなってきました。




女性のための 音楽と色と声のリラクゼーション・ワークショップ@パークサイド広尾レディースクリニックは
毎月第一土曜日10時半~12時半 3000円。 
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by totoatsuko | 2011-08-25 01:25 | Comments(0)

東北の児童養護施設の子どもたちと音楽WS

日本フィルハーモニー交響楽団 と Living Dreams と、マイケル・スペンサー のコラボレーションによって実現した、東北地方にある児童養護施設に住む子供たちのための音楽ワークショップに通訳として参加してきました。

震災関連で、何か自分にできることはないかしら、と思っていたので
お話をいただいたとき、とても嬉しかったです。

去年おこなったもののWSの中の一部の様子を映像がこちらでみられるようです。
音楽を 学ぶもの、高い技術で演奏しパフォームするもの、教室で教えられるもの、という概念とは違うエリアの音やクラッシック音楽との関係を 音遊び、自分の音探しを通して 音を「体験」するワークショップ。それは、音楽療法の領域がもつ音のとらえ方に通じるものが沢山ありました。

提供されている木琴やドラムなどは、日本フィルのものなので、いいものばかり。

いくつかアクティビティーをやりましたが、1つはアフリカの歌の輪唱。
最初は種明かしされていないのですが、実はこのうた、7小節でできている。
なので、最初の三小節をうたったところで、追っかけるグループが歌い始めると、残りの小節が4小節(=3小節+1)なので、輪唱が微妙にずれていきます。(と言葉でかかれても、想像しにくいかもしれませんが)
これは、アフリカの曲にはよくある フェーディング効果 というものらしく、輪唱していて、なんかずれてる、なんかずれてる、どうしてだろうと感じて、はっと その小節数のズレに、教えられるのではなく自分たちで気づく、という体験。

 
ある一つは、ラヴェルの マ・メール・ロアのお姫様の曲から。
ざっくり、ほんとうに ざっくり説明すると
ペンタトニックの木琴を子どもたちにわたし、色々音をだしてもらい、親しんだ後
お姫様がバスルームに入ってくるテーマ音楽(数小節の長さ)を、木琴と、鉄筋と、トーンチャイムで、子どもたちに作ってもらいます。この時、大人の、日本フィルの音楽家たち、他のスタッフの大人たちの「介入」は最低限になるよう気を付けます。 必ず、メロディーや音やリズムのアイデアやアレンジは、子どもたちひとりひとりの自発的な発想にまかせます。

そのためには、こどもたちは、お姫様が優雅にあるくってどんな音? って想像力を働かせなくてはならないし、グループワークを行うためには、交渉力やコミュニケーション力、リーダーシップなどが試されていきます。 大人たちは、ほんとうに不安になります、子どもたちにそんなこと出来るのか、と。

だって、無 から メロディーを作るのですからね!
プロの作曲家と同じです。

でも、出来るのです。
子どもたちを信じ、少しばかりの道案内をすれば。

大人たちに手を出させない方が難しい。
それは、音楽療法をやってるときも、
日常、子どもと関わり、こどもを「育てる」場面でもよく感じることだけど。

このワークショップにインスパイアされて、ウチに帰ってマ・メール・ロアのCDをかけて、
こどもたちと、ねぇ、この音楽の踊りをすきなようにやってみようよ! と声をかけました。

それぞれの子どもが、その音やフレーズや雰囲気にあう、と思う体の動きをして
そして、お互いの動きをみて、大笑い。 なに、その動き! 面白い! 真似して!
なんとも、楽しいひと時でした。


WSの一部には、元ロンドンフィル奏者だったマイケルと、日本フィルのメンバーによる カルテットや、トロンボーンやパーカッショニストの演奏もあり、久々に、本物の生演奏を楽しむことができ、心が洗われました。
d0065558_0583126.jpgd0065558_0585523.jpg

クラッシックの演奏家、という世界は、音大生の頃はとても近い世界でした。
でも、音楽療法の世界にはいっていくと、そういう人たちと接する機会も遠のいていたので、
久しぶりに演奏家の方々と話ができて、とても懐かしい匂いを楽しむことが出来ました。


同時に、ああ あの頃の自分とはずいぶん遠くに来たなぁ、としみじみ思いました。
あのころは、人前でふざけた振る舞いをするとか、即興的な動きだったり演奏だったりするなんて概念をもっていなかったし、そんなことするのは恥ずかしくてできなかったと思います。それも、これも、音楽療法を学び、音楽心理療法を経験し、音楽との関係が変化し、自分との関係も変化していくなかでつくられてきた 今の自分なのだと思います。。。。。

というようなことを母に話しましたら、

あなたは 本来そういう子どもだったわよ。
途中で、そうじゃない時期もながかったけど、
あなたの本来のすがたに戻っていってるんだわ、と最近おもっていたところなのよ
と言われ、、、ん~~、そうかなぁ、 なんて思っているところです。


プロの演奏家の方々と子育て談義も興味深かったです。




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by totoatsuko | 2011-08-25 01:03 | Comments(0)

与謝野晶子の童話

d0065558_0553547.jpg少し前の太田美術館での展覧会に行って以来、歌川 国芳の魅力にとりつかれています。
年末には六本木ヒルズでの展覧会も予定されており、楽しみです。

高齢者施設でのセッションの準備のために、いろいろ調べものをしていたら
与謝野晶子の きんぎょのおつかい という童話に、高部 春市という人がかいた、国芳風であり、昭和初期っぽい色使いの絵本に出会いました。

与謝野晶子が童話をかいていたなんて初めてしりました。
あまりに表紙の絵がかわいいので、さっそく図書館でかりてきて読みました。

語り口調が、とても丁寧で、
ストーリーはちょっとシュールで、でもほのぼのしていて、なんともいえない
現代の絵本にはない、グリム童話にもない、独特の空気があるお話と絵で、大好きになりました。

あまりに気に入ったので、3匹の犬日記 という本もよんでみました。
絵は違う方が担当されているのですが、お話がまた おもしろい。
そして、言葉づかいが、とてもきれいで、品があるとおもいました。


どちらの作品も、与謝野晶子が自分の子どもたちむけに書き、
当時は絵本ではなく、文字だけで雑誌に発表されたようですが、
最近になって絵本としてよみがえったようです。


当時の歌もそうですが、大正・昭和初期の なんともいえない あの感じ。それを味わえる上質な童話。
オススメです。


高齢者施設で、セッション時間の一部をつかて国芳のきんぎょづくし の絵を何枚か紹介し
絵をみせながら童話の朗読をしましたが、ききいって聞く人と、
期待していた音楽じゃないので、つまらなそうにしていたり、寝てしまう方もいらっしゃいました。

きんぎょの昼寝、という歌を間でうたったり、朗読のあとは、きんぎょがお使いでたどった場所にまつわる歌をうたったりしましたが、セッションのあと
「きんぎょって、ああやって踊るのね。写真(国芳の絵と絵本の絵)を見せていただいて、思い出したわ。
きんぎょが踊る、ってそんなことない、って思っていたけれど、
そういえば、何匹かそろって(施設の)池で泳いでいたわ。あれが、踊りね。
ひれがひらひらして綺麗よね。こんど、また池にいって金魚をもっとよーくみてみようとおもうわ。
どうもありがとうございました」

と話に来られて、そんお話がとまらない。
お話と絵と、歌に気持ちと記憶が刺激されて、いっぱい話したいことが頭に浮かんで
それを誰かと共有したい、という気持ちになられたのだと思います。
感情がフラットになって、人との付き合いもおっくうになる傾向がある方たちだからこそ
こんな風に、脳や感情が活性化して、人と積極的にコミュニケーションを取っていくのは
日々の感情生活を豊かにし、より自分主体で楽しんでいく、生きていくことにつながると思います。


「何が」 「どのように」 この方々の記憶や感情や行動に働きかけるのか、という可能性は無限大だと思いました。だからこそ、私が 何か一定の答え や 先入観のようなものを持たずセッションを組み立て、行うことを通して、可能な限りいろんなことにオープンであることが大事だのだ、と改めて思ったと同時に、自分が予想もしていなかった反応や反響を知ることができて、嬉しかったです。




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by totoatsuko | 2011-08-24 00:54 | Comments(0)

二度手間だけど、習慣づけのために

d0065558_9341870.jpg最近 年中&年長の子どもたちに自分のつかった食器は毎回自分で洗ってもらうようにしている、
という記事をかきました。

なんにちかその様子をみていると、
シチューの日は、相当ベトベトが残っていて、はぁ~~~ とため息まじりに洗いなおし。

子どもに洗うのをお願いして、横で何か別の家事業務をしながら、よりそって、
それで、後から洗われたものを一応綺麗になっているかみてみる
残っていたら、もう一度洗う。

子どもに家事をやってもらう、手伝ってもらうのは、ほんとうに手間がかかります。
自分で、ちゃちゃっとやっちゃったほうが、どれだけ手間が省けるか!

学生やインターン生をみるのと似ていますが、彼らとの関係は仕事だから、お互いが、その関係の目的を認識していて割り切っているところがあるし、成長も目に見えやすいですよね。

こどもはそうはいかない。
お洗濯ものをたたんでもらうのも、
お母さん基準の「ちゃんと」たたまれていないものは、やり直したくなる。
乱雑にたたまれたのを見て、なんだか気持ちが あ”~~ となったりもする。
でも、むげに 不満顔でやり直して、やる気をそぐようなことは、
頑張ってやった子どもの前ではやりたくない。


だから、子どもに手伝わせるのはいい、と育児書に書いていても
実際のところムリ! とおもっているお母さんは多いと思う。
家事って、同時進行でやってることが多い。
洗濯機を回しながら、湯船をあらって、お湯をためて、お皿をあらって、お湯を溢れないうちに止めて、横でビービーないたり、何かを欲求してくる子どもの相手をして・・・

そんな状況で、こどもに慣れない家事を「教え」「監督し」「許し」「見守る」 心の余裕をもちましょう、
というのは、いろんなものをそぎ落としたり、あきらめたりしない限り、なかなか難しいと思います。

それでも、ちゃんとお母さん基準でできなくても、
二度手間で、ほんとうに 自分の負担が重くなるだけでも、
私はやっぱり 幼いころから家事参加させたい。

今は上手に出来ないかもしれない。
でも、それは経験をつめば必ず出来るようになる。

でも、家事は女性がやるもの、お母さんがやるもの、 という概念は
成長してからはなかなか覆すことができない、
人としての土台がつくられるこの幼児期、少年期だからこそ、
子どもにとって違和感なくはいっていくのではないかと思います。

家族のひとりひとりが、家事や料理や片づけをすることがあたりまえ
という概念を身につけられることは、今 だけでなく
将来、彼らがもう少しおおきくなって家事のスキルを上達させてくれたら、
きっと、いま頑張って教えた分私は助けてもらえるだろうし、
彼らが親から離れた後や、自分の家族をもったときには、自分たちのパートナーや家族のために
自然に動ける価値観、という宝になると思います。
そして、すぐ店屋物に走らず、自分で自分のご飯を楽しみながらつくれて、そういうごはんがおいしいと思えて、当たり前に思って、自分の身の回りの準備や片づけを出来る、ということも。


今は私の負担が大きくなる時もあるのだけど、
そんな、長期的な視点から子どもの家事参加を奨励していきたいとおもいます。


長期的な視点といえば、食のスタイルも同じだな、と思います。
例えば、子どもがアトピーになって、夜中もかゆくて目がさめちゃう、皮膚がずるずるになっているのを見たら、母親的には、なんとかしてあげたい、と思う。ほんとうに ほんとうに代わって苦しんであげたいくらい。
 
そうなってから、薬物療法や、漢方や、食事療法など いろいろ探して実践して、
「本質的に治すためにいままでの食生活を変えようとしてみる」のは、ほんとうに大変。
まわりとの摩擦だって、おおきくなる。

薬物療法は、根本的には何の解決しないし、
薬物が内臓にたまると他の疾患も併発していくのは承知の事実。
それが分かっていても、手軽さで、一時しのぎの積み重ねをつづけるしかないという選択もある。
「アトピーだから、何かの疾患を持っているから、あるスポーツはあきらめなくてはならない、
 とか 行動範囲が制限される」 というのは、ほんとうに残念。

それは、なかなか なってみてからじゃないと実感できないものだけど。

今の私の食生活 - というか、環境や地球 との関係が、
直接子どもの状態に反映されなくても、子どものこども、
そのもっと先の世代の体質や環境の状態に影響していくのだ、とおもっています。

自分が食べたこと、やったことは、一代限りではない。


次世代の子どもたちとその人たちが生きる地球に無関心で、どうなってもいい
というスタンスでは生きられない。

これまで地球をまもってきてくれた先代の人々に感謝しながら
自分が生かされている、という事実の上で
自分らしく楽しんでいく、時代や世代をつなげていく生き方を編んでいきたいとおもっています。
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by totoatsuko | 2011-08-17 09:44 | Comments(0)

昔の歌をたどりながら~

d0065558_182725.jpg「私にとっては」昔の歌 ~おもに明治・大正・昭和初期につくられた歌をたどっていると、
お話になっている歌がとてもたくさんあることに気づかされます。

例えば今日は終戦記念日。
戦友 という軍歌は14番までありますが、

戦地で友が弾に撃たれる、見捨てられぬ思い、しかし生きねばならぬ思い
お国のため、故郷から遠くはなれて戦う身の気持ち、
友と肩をいだいて語り合ったこと、身の上話、自分が死んだら骨はたのむぞ
友の死を親にあてて書きながらほろりと落ちる涙

そんな内容が歌詞になっています。

戦争は、90年以上も生きている方にとっては第二次世界大戦だけではありません。
西南戦争をうたった 田原坂 も、西郷隆盛や薩摩軍をしのぶ熊本民謡で、
手拍子で朗々と みなで歌いました。
ろうろうとうたいたくなるような、シンプルかつ、味のあるメロディーと歌詞なのです。


当時の多くの曲のメロディーはとてもシンプルで、同じ旋律の反復もおおく、
早さもはやくないので、どのきょくもしみじみと歌詞を味わいながらきいたり、歌ったりすることができ
テーマに沿った歌をさがし、それぞれの歌詞を読みこんだり、旋律を歌ったりしていたら、

歌は、私が生まれる前の情景や、その時代に生きた人の気持ちや生活を歌ったものなのに
なんだかとても共感できたり、おもわず ほろり と涙がさそわれたりします。
どの時代に生きても、人が感じる喜びや悲しみや辛さ、誰かを思う気持ち、というのは
かわらないものだと感じています。

歌って、音楽って、ほんとうに心に強く、そして豊かに働きかけますね。

NYの癌の病院で音楽療法をやっていたときは、だいたい個人セッションか、カップル、あるいは家族単位でした。患者さんや家族の心に浮かんだ歌をつなげて、心の情動や記憶に寄り添う、という 歌の選曲の担い手が参加者、という方法でした。彼らの無意識の選曲やリクエスト曲は、彼らの無意識に感じている気持やメッセージがこめられており、曲を吟味することで、そのときその時の参加者の心のニーズ(例えば追悼だったり、カタルシスだったり、悲しみや怒り、懐かしさ、楽しい思いで、宗教、スピリチュアルな感覚)に答え、演奏・歌唱と対話をとおして、彼らのこころに寄り添っていました。


今の施設では、1セッション15人~40人位の規模のグループなので、前者のやり方は成立しません。
この単位のグループをまとめるには、やはりセラピストがリーダーシップをとっていく必要があります。

ですから事前に私が大きなテーマをきめて、それにそって、 「私の思う」テーマにそう歌を選んで、セッションの流れを組み立てる。ある意味、NYでやっていたセッションとは真逆の歌の使いかたなので、セッションを準備する過程はとても興味深いものです。

これは、もう、どうしても「私の主観」から逃れることができないのですが、
それでも、私なりに、「当時に生きているのを想像して、感情も移入して」参加者の方の気持ちや心理的ニーズを想像して、私だったら、そしてあの人だったら こういう歌を口づさむのではないか、この歌をうたったら、あの歌が浮かんでくるかな、などと思いながら、歌を構成しています。



セッションでは、パワーポイントに歌詞を打ち込んでホワイトボードに写していますが
音楽だけではなく、当時の写真も随所ずいしょに織り交ぜて紹介しています。

お盆の時期は、絞りのゆかたを着てセッションをしました。
夏物の子どものちりめん という生地でつくられた大正時代の着物も持っていきました。
特に女性のかたは、興味を示して生地にさわったり、いろんな角度でみたり。

昔お針子をやっていた。呉服屋で働いていた、
ちょっと背中がぐちゃってなってるわよ、しゃんとしたに引っ張りなさい、などなど。

京都出身の男性の方は、着物の卸問屋をやっていたとか、小売りをやっていたとか、
普段話さないような、ふだん 思い出しもしないようなことを思い出して、当時の気持ちや情景を味わい、「仲間と共有すること」 で 「もっと仲間意識が強まる」 という コミュニティーミュージックセラピー のような現象がおこりました。

人は、やっぱり 人に必要とされているから頑張れるところがあるし、
人とつながっていることで、心をつよくもてたり、気が張って生きていられるところもあるから、
ただ毎日、同じ場所に暮らしてる、あるいは同じ場所のデイケアサービスを受けている仲間、という以上の
「つながっている感」を盛り立てることも大事だとおもっています。

勿論、ゆかたをきて盆踊り しました。
施設でくらしていたら、お祭りさわぎも、昔はいつもきていた着物やゆかたに触れる機会もありません。

いぐさで編んだ笠をかぶって踊る盆踊りの曲もありますが、
その笠の井草のにおいがまたなんともいえず、独特のにおい。

日常は、アートにあふれていて、五感をつかって生きています。
お料理のにおい、お料理する音、洗濯の音、石鹸のにおい、手触り、野菜の手触り、におい、電車が走る音、止まるおと、風の音とそれが運ぶにおい・・・・
全部、アートだと思う。アートは、芸術家が作るものだけではないですから。


音楽療法の時間、ということになっていますが
視覚、聴覚、嗅覚、肌感覚 そして こころ への刺激
五感をつかって楽しみ、情動ゆたかな時間を一緒に参加者の人とつくっていくべく行う
わたし一人でおこなう 「準備時間」。

いろんなアイデアを思いつきながら、生きた時代や気持ちや季節をなぞる時間。

あたらしい試みを、自分の中で起こる変化をたのしんでいます。


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by totoatsuko | 2011-08-15 18:02 | Comments(0)

精霊馬(しょうりょうま)

今日は、お盆の初日。
本来なら迎え火をたいて、先祖の魂をお迎えする日。
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他にもさまざまな風習がありますが、きゅうりを先祖がのってくる馬、
お盆が終わって帰るとき、お供えものの荷物をのせてなすを牛 にみたてる
精霊馬 というのをつくりました。

発達障害のこどもの施設での制作の時間にも、

粘土をふれることによる皮膚感覚の刺激に慣れること
3Dなものを再現する という視覚へのチャレンジ
指先の細かな動き
きゅうり と ナス を馬と牛に 見立てる、 能力

を療育目的としてわたしがつくった写真のものを見本に
小麦粉粘土と割り箸で精霊馬をつくる企画をしました。


うちには仏壇もないし、お供え物セットもないけれど
自分の心のなかで意識して、先祖のことに思いをはせながら、対話することにオープンな気持ちをもってここ数日をすごしたいとおもいます。
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by totoatsuko | 2011-08-11 23:45 | Comments(0)

日が昇り、沈むことに感謝する

d0065558_23152992.jpg買いたいもの
行きたいところ
やりたいこと

そんな、お金があればもうちょっとスムースに解決できそうなことに思いをはせつつも

毎日 太陽がのぼり、新しい一日が始めることができること
毎日 日が沈み、休息の時間がおとずれること

そんな、シンプルであたりまえの事がずっとつづいている、
そして それはずっと続いていくものだ、と思える安心感は、
お金では買えない、人間の力ではどうしようもできない ギフト だとおもう。

こんなベーシックなことでも、
それがなかったら、いろんな欲?をもつ私たちは、そもそも存在できない。

こんなに偉大なギフトを毎日貰っていると 毎日かんじることができたなら、
少々うまくいかないことがあっても、
悲しい事があっても、
名声とか、お金とか、
そういうのは、ちっぽけなものに感じるときもある。

大事な人たちが健康で、自分の体調もよく、
大事な人とともに人生を分かち合える。


物質的に満たされるところ、外からの評価などに左右される幸福感とは別のところ
人との関係の中で、それぞれの言動・情動によって作られ、豊かにすることができるこころ。

シンプルだけど、
そのシンプルなところを 丁寧にあじわって なぞっていきたい。




女性のための 音楽と色と声のリラクゼーション・ワークショップ@パークサイド広尾レディースクリニックは
毎月第一土曜日10時半~12時半 3000円。 
お問い合わせ・ご予約は お名前、ご連絡先をそえていただいて、hiroo-pc AT healthcarenet.jp まで。次回は9月3日。 小麦粘土もつかう予定です。


音と色をつかったカウンセリング・音楽心理療法のプライベートセッションのご予約HPはこちら

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by totoatsuko | 2011-08-10 23:14 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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