カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

totoatsuko.exblog.jp ブログトップ

<   2011年 04月 ( 10 )   > この月の画像一覧

同じ波動にとどまらない

その人、その人、
その時、その時で、
出されている「波動」は違う。

ここで私が「波動」という言葉で伝えようとしているものは、 
その人が醸し出す、オーラのようなものとか、雰囲気とかエネルギーとか
目にみえないけど「感じる」もの。

その人と一緒にいって、なんか嫌な感じ、理由もないけどすがすがしく元気になる感じ
言葉で表せない、目に見えないものってたくさんある。
「波長」があう、とか合わないというときに使うものとも同じ。

波動は、何も「人間」だけにあるものでなく、
例えば「電磁波」だってそういえるだろうし、自然界の放射能もそうだろうし、植物や金属や陶器なども発しているとおもう。


例えばいがみ合っているとき、
想像するならば、ネガティブな波動がぶつかり合っていたり、
ネガティブで攻撃的な波動に自分が飲み込まれてしまっている感じ。

例えば、とても調和がとれている雰囲気のとき、
波動が波動の波をつくり、からまり、美しい音楽を奏でている感じ。


精神的に攻撃をうけていたり、受けたダメージの傷口がずっとずっと癒えないとき、
言われた罵詈憎恨が心に残って、忘れたくても頭から消えず、まるで「言霊の呪縛」に囚われ悩まされながら生きる毎日を変えるにはどうしたらいいのだろう、とずっと考えていた。

あるいは、こちらは戦いたくなかったり、こちらは距離を置きたいのに、
追いかけてこられたり、戦いをしかけられたりする精神的重圧からは、
どう対処することができるのだろう、
とずっと考えていた。


そしてふと思う。
そうか、相手を同じ次元にいるから、ネガティブであれ相手から送られてくる波動にこちら側の心の波動も共鳴しているから、ずっとずっと引きづられてしまうのではないか、と。

自分が一皮むければ、そのぐじゅぐじゅしたどこにもいけないネガティブな波動に満たされたトンネルを抜けることができたら、自分に恐怖を与える相手のネガティブな波動が遠く及ばないものになったり、
その波動を送られても、自分の多次元の波動が跳ね返すか、いともたやすく飲み込んで、まったく別のものに転換して自分の糧にするか、、、とにかく自分自身が傷つかないメカニズムをつくることができるのではないか、と思う。

問題は、どう自分の波動をかえることができるか?
どう、違う次元に・違う世界に移動することができるか、だ。

西洋では、例えば問題がおきたら、とことん話し合って、問題点を洗い出したり、mutual agreementや、将来への具体的な予防策などを見つけていくプロセスがよくみられる。かたや、日本は「臭いものにはふた」と、とりあえず嫌なものにはふたをして、見ない・匂わない・触れない、という対処のしかただったり、正面からぶつからず、お互いがよけあって、横をスルーしていく、という対処のしかたもある。いずれも問題と正面かたタックルしない、将来への具体的な策も講じない。また起こったら、またよければいい。

日本的な対処の仕方は、あまり好きではない、と思っていた。
ふたをされた壺のなかで、ネガティブなものが蓄積されつづけ、発酵し腐乱したら、
ちょっとでもうっかり何かのときにその匂いをかいでしまったら、一瞬で殺されてしまう、と思っていた。

でも、場合によっては、自分の体力が弱っているときには、
体力温存のためにも、その場を「とりあえず」サバイブするにも、
戦う・正面から受け止める、だけではなく、
「ふたをする」、「さける」 という選択もアリだとおもうようになった。



どう自分の波動をかえることができるか?
どう、違う次元に・違う世界に移動することができるか。

答えはない。
fight back したり、傷口をなめて痛みや血の味を味わう日々で消耗しているだけではなく
目を前にみすえて、毎日訪れる新しい朝を新たな気持ちでむかえ、前へまえへ 動き出すこと
もうそういうことをするエネルギーすら残っていないかもしれないけれど・・・
あたらしい波動を自ら生み出すことによって、古い波動のトラップから自ら抜けていくことか。

泣いていても、根本的には誰かに救ってもらうことはできない。
慰めはもらえても。
自分が内側から変わらないと。

何かに囚われて、前にすすめないとき
自分の今だしている波動はどんな色かかいてみるのもアイデアの一つだ。
かいてみて、この波動を変えるには何が必要か、書き足してみる。
書き足された色や形を実際行動や思考に転換すると具体的にどういうものになるか考えてみる。

一人でやるには難しいプロセスかもしれないが、
アートは、きっと力になってくれる、あなたが生まれ変わり新しい次元で新しい波動を生みながら新しい人たちの波動と共鳴しながら歩みはじめるのを。





音と色をつかったカウンセリング・深層心理プロセスのご予約はこちら

うつ・虐待・摂食障害・妊娠や結婚・人生の大きな決断をまえに迷ってたり体調を崩されている方・不登校などのお子様をもつ親御さん などのために
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-19 00:27 | Comments(0)

フルート サロンコンサート

今回は、ジブリ映画からの曲が中心で、
静かにきく、というよりは、客席エリアから一緒に歌ったり、太鼓をたたいたりしながら歌う
というスタイルになりました。

その中で、唯一しっとりした曲ー
アーティストから送られてきた譜面のなかに、いつでも何度でも、という千と千尋の神隠しからのナンバーもあり、初めて歌詞をちゃんと読みました。たくさんの人を失い、日本という国の形(地形までも!)もかわり、なお苦しみの極限にいる人が、不安な気持ちでみたされたままの人たちが沢山いる。まだ、再生の道が見えないけれど、でも、毎日を大切にいきている。そういうことに対する私の気持ちと、歌詞が共鳴して、歌詞のコピーをコンサートで配りました。

このコンサートを準備するにあたってであった、この曲(いつでも何度でも)が、歌詞が、
震災をうけて、あらためて考え直さされている 生きること・死ぬこと に対する個々人の気持ちのプロセスのためのインスピレーションの一つになれば、と思いました。

そして、フルート伴奏をしながら、この歌詞を歌うなかで、
自分の中の深いふかい「祈り」のような気持ちを感じ、
その祈りを声にのせ、みなと共有し、
はるかかなたの東北へ、つらい思いをしているすべての人へ
そして私たちをみまもってくれている何か分からないbig entityにたいして、
その祈りを送るような気持ちをもちました。

音楽の力って不思議ですね。

ゼロになれる・・・

「いつでも何度でも」


d0065558_22393037.jpg 呼んでいる 胸のどこか奥で
 いつも心躍る 夢を見たい
 かなしみは 数えきれないけれど
 その向こうできっと あなたに会える

 繰り返すあやまちの そのたび ひとは
 ただ青い空の 青さを知る
 果てしなく 道は続いて見えるけれど
 この両手は 光を抱ける

 さよならのときの 静かな胸
 ゼロになるからだが 耳をすませる
 生きている不思議 死んでいく不思議
 花も風も街も みんなおなじ


 呼んでいる 胸のどこか奥で
 いつも何度でも 夢を描こう
 かなしみの数を 言い尽くすより
 同じくちびるで そっとうたおう

 閉じていく思い出の そのなかにいつも
 忘れたくない ささやきを聞く
 こなごなに砕かれた 鏡の上にも
 新しい景色が 映される

 はじまりの朝の 静かな窓
 ゼロになるからだ 充たされてゆけ
 海の彼方には もう探さない
 輝くものは いつもここに
 わたしのなかに
 見つけられたから
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-17 22:39 | Comments(0)

働く女性のためのアート グループセッション日程

d0065558_18145113.jpgパークサイド広尾レディスクリニックでの
働く女性のための アートをつかった インスパイアリング グループセッション

今後、毎月1回行っていきます。

7月までの日にちは以下です。(いずれも土曜日です)
ざっくりとそれぞれの会のテーマをきめてみました。(実際行っていく中で変更の可能性もあります)
様々な視点から、自分の気持ちや自分のあり方をアートにしていくことで、よりカラフルに、より豊かに日々をおくるヒントを得ます。

4月23日、自分と自分の対話 
       自分の中にはどんな自分がいて、どんな関係をそれぞれの自分が持っているのでしょうか?
       娘であり、上司であり、部下であり、女性であり、母であり、だれかの恋人であり、
       頑固だったり、ルーズだったり、社交的だったり、内弁慶だったり?

       自分、とひとことでいっても、
       まだ出会っていない、あるいは忘れてしまっている自分が沢山あります。

5月21日、自分と家族との対話 
       自分は家族とはどんな距離感?感情をもってるのでしょうか?

6月18日、自分とコミュニティーとの対話。 
       家族や職場以外に属してるコミュニティーってありますか? 
       もし、属していないとしたら、どんなコミュニティーなら自分を生かせ、
       自分が心地よく存在できるのでしょうか?

7月2日  自分と自然の対話 自分が生きている大自然や地球に対して
       何を思っているのでしょう?
       どう関わっており、どうかかわっていきたいとおもっているのでしょう?

時間:10時半~12時半


声や色をつかって、こころの呼吸 に注意を払ってみませんか。
セラピストに守られながら、自分のペースでいままでやってこなかったような対話をしてみませんか。
だれにでも出来るセルフヒーリング、self-understanding のやりかた、ご紹介します。

継続して自分との対話をふかめてみられるのもよし、
単発で参加されるのもOKです。

定員:10名
料金:1回3000円 (4回セットでお申し込みの場合は、4回10000円)

お問い合わせ・ご予約は 
お名前、ご連絡先をそえていただいて、hiroo-pcAThealthcarenet.jp までお願いします。




音と色をつかったカウンセリング・深層心理プロセスのご予約はこちら

うつ・虐待・摂食障害・妊娠や結婚・人生の大きな決断をまえに迷ってたり体調を崩されている方・不登校などのお子様をもつ親御さん などのために
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-11 11:08 | Comments(4)

人間の真価は困難と逆風のなかでこそ測られる

d0065558_1891441.jpg"The ultimate measure of a man is
not where he stands in moments of comfort and convenience,
but where he stands at times of challenge and controversy."

— Martin Luther King Jr.

「人間の真価は、平穏な順調のもとで測られるものではない。
それは、困難と逆風のなかでこそ測られるものである」


アメリカで、人種差別・人種偏見を変える非暴力運動を行った、キング牧師の言葉が、
週末ラジオをきいていたら、ふと耳に入ってきた。ざわざわざわー、っと心に波紋が広がり
いろんなことを思い出したり、思い当たったりしたので、
彼の言葉をグーグルしてみる。

彼の有名な言葉はたくさんあるのだが、
もう一つだけ心にひびいたものをここで紹介しようとおもう。

"Darkness cannot drive out darkness; only light can do that.
Hate cannot drive out hate; only love can do that."

「闇自体は、闇から抜け出すことができない。光だけが、それを可能にする。
憎しみの気持ちだけでは、その気持ちは解き放たれない。愛だけが、それを可能にする。」



震災が起きた後の、その時のそれぞれの行動や振る舞いの選択から、
その人の本質が見えたよね、というセリフを、なるほど、と思って聞いていました。
しかし震災に限らず、その人の本質は、日々の小さな出来事の積み重ねの中でも反映されていて、その人の本質が少しづつみえていると思います。

大きな問題が起こって、それに大きく反応する姿をみれば、傍から見て分りやすいですけれど


日々の小さな意見の不一致、日々の小さな、あるいはちょっと大きな「困難」の乗り越え方や解決の仕方。こんがらがってしまった家族やパートナーとの関係。

何も、大きな問題が起きたときだけ、
例えば「理性を失って」 日頃言わないようなことを言ったりやってしまった。
売り言葉に買い言葉を投げてしまった。

というのではない。
その傾向は平穏な日々の言動の節々にもにじみ出ている場合がおおい。
そういう逃げであり、言い訳を繰り返し、自分と向かい合えないのはどうしてか、それは自分と対話してみる価値があると思いますが。


誰かが人を殺して、あるいは、言葉や体や性的な暴力を働いて
「まさかあの人が。とてもおだやかでいい人なのに」というコメントもあるけれど

その人の日々の心の姿は、あるいは心の中には、
人を殺さねばならない、あるいは殺すしかなかったほどの強い抑圧された、
あるいはカモフラージュされたように見えるものが平常時にも存在しているはずなのです。
(そういう行動しかとることができず、無意識に心の闇にふりまわされ
そういう残念な結果を導いてしまうのは、ほんとうに悲しいことですが。)

人にはみえなくても、自分は、あるいは自分の無意識は知っている、自分の闇を。



確かに、キング牧師の言うように困難な状況に出会った時、私たちの「真価」が試されると思います。
普段使わないような自分のもっているリソースをフルに使って乗り越えようとする。
(あるいは、正面から取り組まずに、逃げる、という”選択”"生き方”もあり、それはそれで、その人の生き方)
だから、ピンチはチャンスにもなりうる。
自分の中や周りに眠っていた宝を発見できる機会。

自分の闇に、困難な状況を人や状況のせいにしてケンカや不協和音をかなで、さらに闇を増幅させるのか、
愛をもって非暴力的にそれと向かい合うのか、それとも、もっと他の方法をみつけるのか・・・

それは、すべて その人の真価を、ありのままの姿をあらわしていくのだとおもう。




音と色をつかったカウンセリング・一人ではできない深い自分の心との対話のプロセスのご予約はこちら
うつ・虐待・摂食障害・妊娠や結婚・喪失・人生の大きな決断をまえに迷ってたり体調を崩されている方・不登校などのお子様をもつ親御さん などのために
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-11 11:01 | Comments(0)

味噌の仕込み

味噌の仕込みは、1~2月にするものである。

いままでそんなことがなかったのに、
去年は、何人かから手作りお味噌をもらい、とてもおいしかった。

そのうち、友人が味噌作りに参加して楽しかったよ! と教えてくれたりして
私も今年はやってみたい、と思いつつなんだかんだで4月になってしまった。

今年はもういっか、と思っていたのだけれど、
ある場所で月一回行っている親子のための料理教室&食べ物のおはなし会で、
来年の節分のころにみんなでお味噌を作る講座をしたいとおもっていたので、
やっぱりこれは、一回自分でやっておかねば、と奮い立つ。

d0065558_22583430.jpg引出しを探したら、大豆が1Kg眠っていた。
お塩もある。
あとは、麹を買ってくるのみ。

さっそく、麦と玄米の麹を買い、大豆を3時間ほどかけて土鍋でふっくら煮てやわらかくする。
前の晩から大豆をお水にひたしておいて、
夕方帰宅して、火をつけて、つけっぱなし。子どもを寝させる時間までには茹で上がる、
1Kgの乾燥大豆が茹で上がって膨張したら、結構な量だ。
ざるにあげて、マッシュして麹と塩と煮汁も合わせる。

力しごとだ。
腰をいれて、ぐいぐい ぐいぐい 無心で混ぜる。

本来なら味噌壺でやりたいところだが、
講座ではみんなに壺をこのためだけに購入してもらうのは申し訳ないので、
ジップロックを利用してみる。

d0065558_2258565.jpg空気が入らないように、ぎゅうぎゅう つめる。
ついでに、ダシ昆布を細かく割って、入れる。
こうすれば、昆布のうまみが味噌にしみわたって、ダシいらずなお味噌汁がつくれるはず。
材料を混ぜ合わせて、ジップロックに詰める作業の所要時間はおよそ1時間。
案外大変じゃない。

半年~一年以上発酵させていく途中でカビが発生するのが味噌づくりの最大のチャレンジらしいのだが
はたしてこの子は元気に育ってくれるだろうか?

これから、私たちの毎日によりそってキッチンの片隅で成長していく味噌。
梅雨も、カンカン照りの夏も、心地よい風の秋のはじまりも
機嫌のいい日も、悲しいきもちのときも、ずっと一緒にすごしていく。

壺にいれてしまったら、中の変化は日々見ることができないけれど、
ジップロックなら、色や柔らかさの変化を日々見て取ることができる。

毎日なでて、愛情をいっぱい送り込もう。(でも手をいれたり、とか余計な干渉はしないよ。)
自分のペースでね、育っていってください。





音と色をつかったカウンセリング・一人ではできない深い自分の心との対話のプロセスのご予約はこちら
うつ・虐待・摂食障害・妊娠や結婚・喪失・人生の大きな決断をまえに迷ってたり体調を崩されている方・不登校などのお子様をもつ親御さん などのために
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-09 23:01 | Comments(0)

避難したって、してなくたって、仲良くしようよ

d0065558_2355297.jpg 震災直後から、疎開する人、日本を離れる人、住居を移動せず暮らし続ける人、いろんな選択をそれぞれがしてきたと思います。

日本に住んでいた外国人の間でも、
日本人同士の間でも、
疎開をしたことに対して、疎開をしていないことにたいして
お互いが、お互いに対してやさしくない目をむけてしまう
それぞれの選択を尊重できない気持ちになる人たちもいるとききます。

どの情報を信じるか
膨大な情報を受け取ったうえで、自分としてはどういう選択をするのか
どのように「危機」を受け止め、危機に取り組み
その時期をどう「生きるのか」

各々の選択が尊重されるべきだし、
批判の対象にする必要もないし、
自分と違う生き方を選択する誰かに対して負い目を感じる必要もないとおもいます。

自分がとる小さなちいさな選択(振る舞い、言葉、人生のチョイス)の積み重ねは、自分の生き方そのもの
それが、ビックピクチャーで、その人の生き方になる。

自分の生き方、という確固としたものをもっていない、と感じる人も、
「確固としたものをもっていないという生き方」が、また その人の生きかただと思う。

何か一貫したものがないのなら、それもそういう生き方ということになる。

何を信じていようと、
何も信じていなくとも、
どういう選択をしようと、
それは、それぞれの 「生き方」だから。

違う生き方をしているからこそ、その人から、沢山の事を学び、インスパイアされることができる。
だから、みんな 仲良くしましょうよ。


日本にとって、そしてきっと世界にとっても大変な時期だもの、
いままでいがみ合っていた者どうしも、いがみ合っている場合ではない。

これまではあまり交わらなかった異なる見解、異なる世界観、異なる価値観をもった人たちが、「状況によって」いやがおうにもぐっと圧縮されて近づいて、お互いがお互いを受け入れ広く学び、化学反応をおこしながら、全く新しい価値観や文化や成長を生み出していく原動力になっていくことを願っています。
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-09 00:13 | Comments(0)

痛みをたくさんはらんだ時代を懐かしむ

d0065558_20395070.jpg今年も、もうすぐサロンコンサートの日が来る
アーティストから届いた伴奏用楽譜に、
加藤登紀子の「時には昔の話をしようよ」という ジブリ映画・紅の豚 で使われた曲の一部がくっついてくる。

ああ、この曲好きだったな、と思い出し聴きたくなって、youtubeでさがす。

そうして、さくらんぼの実る頃(これも紅の豚で使われている)にたどりつく。

加藤登紀子がインタビューで、
「パリコミューンで自由を求め民衆がたちあがり戦った時代、
全力でかけぬけた時代、
ロマンを追いかけていた時代、
傷ついた思い出がいっぱいある、

そんなことをいとしい、
とおもう気持ちをいっぱいためて、宮崎さんはこの映画を作ったんだなぁ、と思います。」

と話している。


傷つき、心や体が引き裂かれ、体中から血がふきだしたことですら、

なつかしく、
いとおしく、いとおしく・・・
加藤登紀子の温かみをもった声のように、
心おだやかに、遠目で思い出せる時がほんとうにくるのだろうか?


時がたつのをまっているうちは、 いつまでたっても傷がいえる時がこないように感じる。
この痛みが永遠であり、世界のすべてのように。

でも、たってしまえば
その時代が 自分の中で「過去」になることが出来る時が訪れたら、
それが、あたかもついこのあいだの出来事のように感じ

あのとき 必死で戦った 
あのとき 全力で生き抜いた
全身全霊を傾けて生きていた

そんな自分を 目をほそめて、いとおしく思い出すことができる。


自分を苦しめた、自分が葛藤し、戦っていた苦味も、すっぱさも、辛さも、
すべてを許し、受け入れ、
思い出せば、飴玉を舌の上で転がしながら味わうように、楽しめる。


全力で生きたからこそ。

あの時自分はあれ以上がんばれなかった、
あれが私のできたベストなこと、
そう あの時の自分のすべてを受けとめることができるだろう。

そして、目を細めて昔を思い出しながらも
全力でいきているこの瞬間を、また思い出すひがいつかやってくる。




音と色をつかったカウンセリング・一人ではできない深い自分の心との対話のプロセスのご予約はこちら
うつ・虐待・摂食障害・妊娠や結婚・喪失・人生の大きな決断をまえに迷ってたり体調を崩されている方・不登校などのお子様をもつ親御さん などのために
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-07 01:36 | Comments(0)

わかれ ~ そして出会い

暖かくなり、桜が美しい並木道を歩きながら、まだまだ寒い被災地の人々のことを思う。

祈る。

d0065558_20405064.jpg



去年の今頃行ったサロンコンサートでヴォーカルの方が歌ってくれた
森山 直太郎の「さくら」 を思い出す。


ヴォーカルの人も、大事なだいじな人を失なった直後だった。
歌や曲のチョイスは、いつだってその人の心をあらわしている。

ピアノ伴奏の練習をしながら、この曲の歌詞や背景を知っていきながら、
わたしの中からも沢山の感情があふれ、涙がほおをつたった。


沢山の別れ。
沢山の悲しみ。
沢山のせつなさ。


でも、きっとそこから生まれる、すばらしいものがある。

音楽は、音楽にのった歌詞は、
ほんとうに心を励ましてくれる、
ほんとうにめいっぱい泣くことを許してくれる
聴く人に、その受け止め方の自由を最大限与えてくれる。


同じ曲だって、自分のこころの状態で、いろんな聞き方ができる。

涙で悲しみを洗い流したあとには、こころに虹がかかる。



「さくら」 森山 直太郎

ぼくらはきっと待ってる
君とまた会える日々を
桜並木のみちの上で
手を振り叫ぶよ

どんなに苦しい時も
君は笑っているから
くじけそうになりかけても
頑張れる気がしたよ
かすみゆく景色の中に
あの日の歌が聞こえる

さくら さくら 今咲きほこる
刹那に散るゆくさだめと知って
さらば友よ 旅立ちのとき
変わらないその想いを 今

今なら言えるだろうか
偽りのない言葉
輝ける君の未来を
願うほんとの言葉
移りゆく街はまるで
僕らをせかすように

さくら さくら ただ舞い落ちる
いつか生まれ変わる時を信じ
泣くな友よ 惜別のとき
飾らないあの笑顔で さあ

さくら さくら いざ舞い上がれ
とわにさんざめく光を浴びて
さらば友よ またこの場所で会おう
さくら舞い散るみちの
さくら舞い散るみちの上で





音と色をつかったカウンセリング・深層心理プロセスのご予約はこちら

うつ・虐待・摂食障害・妊娠や結婚・喪失・人生の大きな決断をまえに迷ってたり体調を崩されている方・不登校などのお子様をもつ親御さん などのために
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-07 00:39 | Comments(0)

情けは人のためならず

情けは人の為ならず
は、
「情けが仇ーアダ」(情けを、情をかけることが、相手を甘やかせたり、つけあげらせたり、成長を妨げたりして、相手にとってよくないことを導く)

というのと同意語だと思っていました。

そうしたら、ふと出会ったサイトで
本来は
よい行いを人に対してすることは、人のためなのではなく、巡り巡って自分の為になる
という意味だと知りました。

Wikipediaをみてみたら
英語にも「A kindness is never lost」(親切は決して無駄にならない)とほとんど同義の言葉が存在し、他の多くの言語にもこれに相当する語が存在するものと思われる。

聖書の黄金律「して欲しい事を他人に為せ」など、
世界的にも人間がすべき道義の一つとして、この教訓が広まっているものと思われる。

とある。

自分にされたら嫌なこと、
自分にとって嫌な言葉や態度は、
人に対して行わないように、
もっともっと意識して過ごしていきたいとおもいました。

お金は天下の巡りもの、といいますが、
「気持ち」「思い」もきっとめぐり巡っている。
いいものも、悪いものも、きっと。

相手にたいして、物事に対して、丁寧に接していけば
きっとそれは自分にかえってきて、
そして、もっともっとまわりにいいものを巡らしていける
いい「気」を、「気持ち」をよりたくさんの人と共有していけるようになれるのではないか、
と思っています。



例え、怒りや悲しみに満ちていようとも、衝動でそれらを相手にぶちまける。
自分がされたら、たまったものではないですよね。
でも、感情にのみこまれていたら、
自分が相手に対して何をしてるか、なんて冷静にとらえられなくなってしまうこともありますよね。

そんな負の感情の猛獣のせいで、
大事な関係や大事なものを破壊してしまうのは
大事な人を場をこそしてしまうのはとても残念なことだと思います。

大事な関係である、ということすら猛獣によって否定されてしまうのかもしれないですけれど・・・

ありがた迷惑、や情けは仇、
のような思いやりや相手への接し方は控えたいものですが、

情けは人のためならず めぐりめぐってゆくもの

徳を積んでいきたいです。


音と色をつかったカウンセリング・深層心理プロセスのご予約はこちら

うつ・虐待・摂食障害・妊娠や結婚・人生の大きな決断をまえに迷ってたり体調を崩されている方・不登校などのお子様をもつ親御さん などのために
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-04 22:18 | Comments(0)

コンサローグ麻布 ーパークサイド広尾レディスクリニックに併設

コンサローグ麻布
という、パークサイド広尾レディスクリニックの専門医の方たちと、他の分野の専門家が連携して女性を様々な角度からサポートしていくクリニックのHPが始動しました。

先日のアートプロセス・声を使ったセッションも、こちらの多目的ルームで行いました。

声もつかったのですが、グループ ドローイングもおこなったので、
参加していただいた方のご了承をへて、ここでご紹介します。
d0065558_10215119.jpg


ぱっと、あるいは、さらりと第三者が見るだけでは、
この色や形たちがどういう意味をもっていたり、
どんな自分や、自分と人との係わり合い方の一部を象徴しているのか、
わかるものではないのですが、

じっさい自分の心や手を動かしたそれぞれの人にとっては、
自らが、
自分に対するいろんな発見や、
人には否定されてきたけれど、これでいいんだ、と思える自己肯定や
変わりたくて変われない自分の背中をおしてくれるようなものだったり、

いろいろ いろいろ 
意識のいろんなレベルにアートプロセスが働きかけて
心のいろんな層をつかって自分と対話する機会にしていただけたのではないかと思います。

個人セッションとグループセッションの違いは何ですか? という質問がでました。
例えるなら、一回限りのWSですと、お皿に盛られたお料理の上の方をほんの味見する感じで、
特に何度か継続しての個人セッションですと、お料理の調理法、スパイス、手順の間合い、火加減、素材が作られる過程などまで、じっくり体験しながら味見をして、実際、見たこともないような初めてであった味のするお料理を、自分がその時の気分で自由にアレンジしながら、作り変えることができるようになる、という差異に例えられるかと思います。

そう、自分の素材をしって(無意識の層には知らない自分がいっぱいいます)、
自分をもっと開放したり、自信をはぐくんだり、人にたいする受け皿を大きくしたり、、、
自分をreconstruct, 作りかえる作業ともいえるかもしれません。
それをやりきる、ことは出来ないですが・・・(だって、そうでなくても常に心は自分は変化していっているから)
には、随分心のエネルギーと時間とかかりますが・・・

だいたい、6~10セッション重ねると、
自分が自ら世界の見え方が変わったと実感したり、
人に何か変わったね、といわれる、ことが多いです。(もちろん個人差がありますので、ご参考までに)


コンサローグ麻布では、
月曜日にアートプロセスの個人セッションを受け付けております。
クリニックへ直接ご連絡・ご予約ください。(まだHPからは予約できるようになっていないようです。)

そのほかの曜日をご希望の方は letsmusicingATgmail.com へご連絡ください。
代々木上原駅から徒歩3分のオフィスで、行っています。

今後も、アートプロセスのグループセッションを土曜日に定期的に行っていく予定です。
コンサローグのHPと、私のブログで日程が決まりましたらお知らせしますね。
直接メールでのご案内がご希望の方は、上のメールアドレスまでお知らせください。
[PR]
by totoatsuko | 2011-04-04 10:41 | Comments(0)
line

音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite