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子供(幼児)の 米ぬかクッキー教室 ~ 食育

d0065558_16214792.jpg今日は、2歳~5歳の子供達と、
玄米を精米したときに出る 米ぬか をつかって 3種のクッキーをつくりました。
お砂糖、乳製品、卵を使わない、マクロビオティックなクッキーです。

手をあらって、材料も混ぜて、整形して、オーブンにいれるまで、30~40分くらい。
オーブンで25分ほどやいて、残りの1時間はクッキーを食べながらお話タイムです。

お母さん達は、子供がクッキーを作っている間は、自由行動。

お母さんがいない分、甘えず、自分でやってみよう! って気持ちがしっかりする。

時間になったら、自慢げな子供達に、どうやってクッキーをつくったのか いっぱい説明してもらいながら、
クッキーでティータイム。日ごろジャンクなおやつを食べている子供が、こんな素朴な味でも 「おいしい!」と次々と食べているのを逆に親がびっくりしたり。

素材の味
噛めばかむほど 味が深まる。


基本の生地レシピ

米ぬか カップ3
小麦粉 カップ3
塩 大1
水 カップ1
菜種油 カップ1
(量は、その時の気温や湿度などによって、感性で調節してください)

1.シナモン レーズンクッキー
基本の生地に、
お湯かワインでふやかしたレーズンとシナモンパウダーを
好みの量入れて、好きな形にする。


2.ココアクッキー
基本の生地に、キャロブ(イナゴマメを炒ってパウダーにした、海外などではよくみかけるココアっぽい風味がでる粉 -カフェインが入っていないのがココア粉と違うところ) あるいは、ココアを好みの量入れる。

今日は、ココア生地を薄くのばし、先日もらった文旦(巨大なかんきつ類フルーツ)の皮を、レーズンとリンゴと塩で煮てジャムにしたものを間に挟んだクッキーにしました。


3.カレークッキー
基本の生地に、塩少々、カレー粉、ローズマリー、コーンを加えて、好みの形にする。
スティック状にしたい、ということなので、包丁をつかって5歳の男の子に切ってもらいました。


子供達は、お互い
お互いがつくる形に刺激されて、いろんな形にトライしていました。

あんまり薄っぺら勝ったり、ごつかったら、カチカチになったり、ちゃんと焼けないから、これはもう一回形つくって~、と戻すと、はーい、とやりなおしてくれます。


クッキーづくりも、子供とのカウンセリングセッションで音楽を一緒にやるときと同じことを大切にしています。
基本の生地の分量は大体守るけど、後から加えるものの量は、子供の裁量にまかせます。
何クッキーにするか、だって、子供が決めていい。

体が甘いものを欲しているか、塩っぽいものを欲しているか、その時の体調や気分によっても違うから
スイーツ教室のときは、大体同時に塩味と甘い味のもの、どっちもつくります。
今日は、文旦の苦味もくわわりました。

酸味・苦味・甘味・辛味・鹹味は、春・夏・土用・秋・冬 に対応し、大まかに肝臓・心臓・胃/秘蔵・腸・腎臓のに対応しており、食物もそれぞれの季節にぞくしています。

そんな 食べ物 の話
添加物や、牛乳や 卵の話
毎日の育児や食事できになっていることなどの話をわきあいあいと。

できる限り任せてあげたら、どんどんやるきが出て、
日常に台所に立つことにも興味を持ち、
自分で料理したい! ~を作りたい、と
子供から誘われることが増えます。

料理することは、料理することだけでなくて、

いろんなことに挑戦してみる
自分のやり方を色々くふうしてみる

という自発的な意識をはぐくみ、感性(視覚ー産物の品定め、盛り付けのセンス、、聴覚ー切るときの音・煮えてくる音、嗅覚、味覚)を磨くことにもなり、それが色んなシーンにも自然とつながっていく事にもつながります。

お料理するのは、お母さんやお父さんだけの役割ではないもの。
一緒にいろんなことをして、
いっぱい任せてあげて、
それぞれの家族の関係を文化を、毎日、毎日の積み重ねの中でつくっていけたら。

しかも、お料理ってそんなにめんどくさいもの ばっかりではないし
(めんどくさい ときは、 ものすごーーーくめんどくさいのですがwww)
誰かと一緒にやったら、作るプロセスが楽しくなります。

家族といっしょに、家族と一緒に食べるものを作りながら、
いっぱい いっぱい いろんなお話をする時間にもなります。

たとえ、ご飯とお味噌汁 だけでも、
それが家族で一緒につくったものだったら、
その一緒に過ごした時間が最高のおご馳走で、
最高にほっこりできて、心にもいっぱい栄養がもらえるひと時になります。

豪華なおやつじゃなくても、
有名パティシエのものでもなくて、
家族の誰かが、あるいは、家族が家族のことを思いながら、
楽しい時間をすごしながら一緒につくったおやつだったら、ステキなブレークタイムになるし、
家族間の話もはずむ。


食を選んでいくこと、
食物じたいがもっているエネルギーや、その育ちに敬意をはらうこと、
一緒にお料理すること、などは、それぞれの心をはぐくむことにもなる。


よりたくさんの家族にそんな時間がおとづれるきっかけづくりのお手伝いができたら、
と思っています。

音と色をつかったカウンセリング・サイコセラピーHP
出張 子供食育教室のご依頼も承ります 
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by totoatsuko | 2011-01-30 16:20 | Comments(0)

クリエーティブ アートセラピー な一日

以前にもご紹介した、クリエーティブ アートセラピーフェスティバルのチラシができました。

N-CATのHP でもごらんいただけます。

アート、ダンス、ドラマ、ミュージックセラピー の味見が、一日で体験できます。

ふるってご参加ください~。


音と色を使ったカウンセリングHP

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by totoatsuko | 2011-01-28 18:03 | Comments(0)

大人のための表現教室

d0065558_1352493.jpg自分の声や体、
クレヨンや
音楽や
シフォンをつかった 

1.5時間のワークショップをしました。

企画時は、子どももOKなつもりでいたのですが、集まったのはたまたま大人だけだったので、

大人の表現教室!

リアル子どもがいなかったおかげ もあって、
みなで童心に帰ったように心を表現して、楽しんでみました。

流れは
まず、円座になって自由に声を出し、
次に大きな模造紙に一緒に絵をかき、
最後に輪になって立ってシフォンをつかって体をうごかします。


って書いて、ぜんぜん 実際やったことのイメージが伝わらないのですが。。。

心のたいけん、体の感覚のたいけん、ってほんと体験しないと分からない、、、というか
なので、体験した方がコメントしてくださっているので、そちらにバトンタッチします。

ははこのかい の方 



音と色をつかった心理療法・カウンセリングHP 体験ワークショップ・個人セッションのご依頼・随時受け付けています。
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by totoatsuko | 2011-01-27 12:51 | Comments(1)

心を心の言語(アート)で言語化する

d0065558_0173057.jpg以前のクライアントのコメントをそのままのせた投稿にもあったフレーズですが

言葉のみカウンセリングだと、どうしても
言語化できないものとか
理性や頭・自分の一部が認めたくない、無意識に追いやっている自分の部分

というのは、なかなか意識化しにくい。

もちろん、そこにカウンセラーがおり、その人との関係性によって、その人の促し・導きなどによって
自分ひとりでは出来ないほど、友達や家族相手とは全く違うレベルまで心を解き放って 
自分の闇や
こんがらがっているものや、
よく分からなくて困っているもの
そんな大層なものでなくても、深層心理・意識化されていない自分の部分に対して

awareness ~自覚、認識、新しい理解、発見を起こし、
ありたい自分に近づくことは出来ると思う。


無意識に追いやってるってことは、
対話していない自分のパーツがある、ってことは
理性的に、あるいはもう理屈を考えだす頭すら通してなくて、
自動的にスルーしちゃってるか、無視しちゃってるか・・・

だから、みてない、自分と対話してない、無視してる、拒否してる、という自覚すらない。

でも、アートをつかうと 無意識に自分を拒否している頭をすっとばして
拒否されてる自分が色や音に出てくる。

もちろん、出会いたくない自分を無視し続けてきたのは、それ相応の理由があるから、
そういうものと対面する、ってのは、自分のある部分は恐れてる。

だから、素人が音や色をセラピーに使うと危険。
まだ、その人の心が準備できていないタイミングで、too much なものを呼び起こしてしまったり、
一緒に出て来たものを受け止める体制を作れないから。


心のペースで、子どもの頃からほおむられ続けていた心の気持ちや、主張や、体験を
「日常を送っている自分の感覚」に伝えていく、アートをつかって。
言葉はいらない場合もある。

コミュニケーション ツールは、言葉だけじゃない。
言葉じゃないほうがいいときもある。
言葉じゃない方法も習得できたら、もっとコミュニケーションの幅も深さも出る、
自分自身との対話に限らず、日常の人や物ごととの対話にも。


目に見えないものに、沢山豊かなものが存在するように
言語化できない自分 というのも、その人のおおきな部分を占めていると思う。


アートを使うカウンセリングって、
日常使う 言語・しゃべり言葉・書く言葉 を優位的に使わず、 
日ごろつかったことがないような心の筋肉ををつかって

心を心の言語(アート)で言語化する、という感じ、といえるかもしれない。


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by totoatsuko | 2011-01-26 00:38 | Comments(0)

カエルの冬越え

d0065558_8463670.jpg去年の秋のおわりに、マンション内の自転車置き場でみつけた。

自転車に乗ろうとしたら、車輪のそばに ウXX みたいな茶色いかたまりがあったので、
なにかなぁ~ と顔を近づけてみようとしたら、
ぴょん!! と飛び跳ねたので、びっくりして、おもわず
うわぁ~~~~
と叫んでしまった(苦笑)


着地点をみると、カエル。


私は、子供の頃近所の公園や川で虫を捕ってきて、よく飼っていたので、
(近所のお米屋さんが、田舎から大人の両手の中に入りきらないくらいのガマガエルを持ってきてくれて、大きな、おおきなポリバケツで飼っていたこともありました・苦笑)

お!これはきっとBoys 喜ぶわ、と思い、 捕獲。

以来、ニホンアカガエルが 冬眠もせずにウチで飼育されています。
今はもう半分飽きられていますが・・・ウチに遊びに来た子供達は、夢中になってました。

最初は必死に、部屋にいるムシ(蜘蛛とか、はえとか)を探して与えていたのですが、
寒くなり、公園にもなかなかムシが見つからなくなった頃、玄米あげてみました。

すると、食べた!
ぱく、って。
なんだ、玄米いけるじゃん、と思ったけど、それ以降食べてくれないので友達に話したら
「生きてて動いてるものしか食べないらしいよ」
そうか~、やっぱり 肉食動物だもんねぇ、 ごめんねぇ~、とおもいつつ
玄米を糸の先にくっつけて、ゆらゆら動かして誘ってみたら、(←超強引・苦笑、だって公園で探しても、探しても虫を捕獲してきてあげられなくて、おなかすかせてたらカワイソウ、って思ったのですもの)

一度は、食べたけど、もうたべなかった。

カエルにしてみれば
何回だましたらきがすむんだぁーーー!!! ってところでしょうか。
←ゴメン・ゴメン、食べずぎらい、ってこともあるじゃない?

そうこうしてるうち、1週間以上カエルが何も食べてなくて心配になってきた頃、
友達が両生類のエサ(大量のウニョウニョ動く生きた虫、1パック150円位)をペットショップで買ってきてくれて、それ以降、食料に困っていません。いつも同じムシで、同じ味だけど・・・

しかし、なんて都会なカエル・・ペットショップのエサたべてるなんて。
ある日、くくっくくっ というか、チカチカ って感じかな、鳴いて、
(最初それが、カエルの声とは分からなかった)
へーー、そんな声なんだ、と思いました。

子供の号泣が止まらないとき、同胞の泣き声と思ったのか?(そんな事あるわけないかwww)
カエルが結構鳴いていて、あたかも呼応しているようでした。
求愛?

このまま、ウチのカエルは冬眠せずに春を迎えそう。
本来のカエルの冬越えの仕方じゃないから、途中で体調崩して死んでしまわなければいいけれど。
たまたま出会ったカエルとの冬越え生活もあと少し、楽しもうと思っています。

春になって、あったかくなったら、公園ににがしてやろうね、と子供達と話しています。


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by totoatsuko | 2011-01-23 08:45 | Comments(1)

ぼろ布をまとって不幸そうに生きる

d0065558_17271662.jpg出る杭は打たれる

何か目立ったこと
人と違うこと
慣習とは違うこと

それは、水に石を投げ波紋を起こす。

石を投げる、ということは
素敵な化学反応が起きて、もっと もっと 色んな新しい事、
楽しいこと 発展の変化の可能性のあることを産んだり、つながっていったりできる。。

でも、妬みや嫉妬、
変化への強い抵抗と戦いだって 生む。

ステキな人と触れ合った時
あこがれ、や 感動 という自分の情動が喚起されて、
自分がもっとステキになれる、もっと人生をたのしめるインスピレーションにすることができる。

一方で、
きっとそんなものにお金を使って無駄遣い! とか
きっと自分の功績をみせびらかしたくて、あんな振る舞いをしてる、むかつく とか

自分の中の 嫉妬 というよりは、もっと奥深い ジェラス が、
自分が持ってないものを、当たり前のようにまとっていたり、こなしていたり、ふるまっているのをみることで刺激され、

自分とは違うその人を攻撃したり、
否定したり、
引きづり落としたくなったり、
抹殺したくなる心理がある。

あの人のせいで、自分は迷惑こうむってる。
あの人のせいで、自分の仕事が増えてる。
あの人のために、自分は我慢してる。

意識化されていない、悲しい自分のジェラスが、
その負の情念が、
卑劣ないじめや、いじわる、暴行や暴言につながることがある。

「持ってる服の中で一番ボロイ服を来て、不幸そうな表情をして町を歩いたら、誰にもねたまれないよ。
もしかしたら、親切にされるかもしれない」

そういうアドバイスをきいたことがある。
たぶん、正しい。
みすぼらしく、下出に出た態度は
相手に優越感を喚起はするが、ねたまれはしない。

でも、私は思う。
自分を偽って、、、というか、偽ってはいないのかもしれないけど、
まぁ、 その 素 の自分を ぼろ布で覆えば、攻撃は減るかもしれないけれど

素の自分で 思いつく沢山のアイデアや、おいしいご飯や、ステキな生き生きとした時間、楽しい気持ちをそのまま表情にだすことで、沢山の人に幸せが分けてあげられて、沢山の人と一緒に幸せを分かち合える人生のほうが、私はいいな、と思う。

幸せそうにしていること、周りとは違うこと、新しいとみなされる事を試みることが、
例え、ひどい誹謗中傷をうけようとも。

ぼろ布をまとって、真の自分を出さずにいきていたら、
あるいは、周りに気に入るような服をきて、気に入るような行動を求めてやっていたら、
真の自分と心からつながれる友達なんてできない。

でも、キラキラするものを惜しみなく自分の歩く後ろに落としながら、
温かいものを体からオーラのように発しながら生きていたら、
その石が綺麗、と思ってくれる人
そのオーラがここちよい暖かさ、と感じる人 とつながれて
誹謗中傷やひどい攻撃をうけたって、崩れ落ちずに、でも変に攻撃的にならずに

大地にきっちり足をふんばって、乗り越えていけることができる。
そして、受けた傷は、きっと仲間の支えの中で、どんどんキラキラしたものに変えていけるはず。
(キラキラしたものって、特別なものだけである必要ではなくて、
ただその人がその人であるだけで、、、誠実さとか熱意とか、光に反射するものだと思っています。
まがいもののキラキラ もあるけれど・・・)

たぶん、そんな気持ちのスタンスの人だったら、
そんなにステキなものをいっぱい持っている人だったら、
たとえぼろ布をまとったって、そのぼろ布を輝かせることができる、
というか、そんな表面にまとったボロ布では隠し切れない・消し切れない 
目には見えない、
でも心の目には見える、
強くて厚みがあってしっかりした輝きを、ボロ布を通り越して放ってしまうような気がする。


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by totoatsuko | 2011-01-20 12:05 | Comments(0)

LinkedIn ~誤送信ごめんなさい!

むかーし登録したソーシャルネットワーキング サービス LinkedIn

PWが分からなくなって放置していたのですが、
知人から招待が何度かきていたので、
PWをリセットして久しぶりにいじっていたら、
何かよく分からないままクリックしたおかげで、大量の人に招待メールが自動的に発送されてしまいました!

受け取ったみなさま、本当にごめんなさい!

スルーしてくださいませ!
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by totoatsuko | 2011-01-17 19:19 | Comments(3)

コミュニティーのありがたさ

d0065558_2355840.jpg
先日、日差しはあったかいのに風が強くって、震えながら子供と公園であそびました。
リクエストにおこたえして、サッカーとか 野球とか。

こういうの、男おやがやってやれたら、しょっちゅう&すぐ対応してもらえていいんだろうなぁ、と思うと同時に
両親が離婚してなくても全然子供の相手しない父親もいるし、
むしろネガティブな影響を与えつつ、ゆがんだ夫婦関係を子どもに提示してしまうこともあるから、
シングルマザー家庭ではないほうがいい、とは言えない。
(むしろいないほうがいい父親もいるだろう)
じきに私相手じゃものたりなくなるんだろうな、というのは確かだけれど、思いつつ、

近所にはサッカーチームも野球チームもあるし、友達の父親もいるから、
剛球を投げられるくらいBoysが成長したら、
そういう所で出来る友達や先輩や先生と出かけて入ったりして、
父親がいない、
という家庭環境が、家庭の外にもいっぱい自分の居場所を作っていく後押しになればいいな、と思う。

夕方には、次男が自分の自転車の補助輪をはずしたい、ということで、自転車やにもっていってはずしたのはいいけど、座席がたかすぎてコケながら乗るもんだから(座席が身長にあってれば乗れるんだけど)、本人頑張ってるけどツライくてべそかいてるしし、寒いし、長男は私達をまってられなくて先自転車こいで行ったら、私からはなれちゃって不安になって泣いて通りがかりの人に「どうしたの?迷子?」って超えかけられてるし。

あーー、3人を一人でみるの無理!となきそうになりながらも 自分と子供をはげまして頑張る~・ 

一人で、3人それぞれちがうニーズに細かに対応できないから、
求めても、求めても、テンパってる、どうにかしようと頑張ってる母親をみたら、
子供も外にヘルプを求めていってくれるし、
出来ればそれぞれの子供にめをかけてあげたい私も、そういう事をお願いできる人を探す。

夫がいたときより、友人やご近所さんに頼ることが増え、その結果、その人たちとより深くて温かい関係に発展できたから、今までよりもより一層、まわりの人たち感謝の気持ちをもちながら毎日をすごしてます。

結局、長男は先に帰って、下の階に住んでいるおばあちゃんち(親族ではなく、ご近所さん)に行ってなぐさめてもらって、私が帰ってくるまで遊んでもらっていて、私が自転車を置き場に片付けるのを待っている間、下二人が家の前・寒空の下で号泣していたら、下まで迎えに来てくれて連れてあがってくれました。

子供にとって、
私も子供も信頼できる人、友人、コミュニティー、という
逃げ場だったり、気持ちの拠り所がすぐそこにある、っていうのは、
父親がいない分、親族が近くにいない分、余計に、心からありがたく感じた瞬間でした。

昔は、こういうつながりがもっと広く深い地域がもっと多かったのだろうなぁ・・・

というか、、、こういうつながりは、やっぱりそれぞれの人間が気持ちをこめて、気持ちを交流させながら作っていくしかなくて、、、忙しかったら、特に凄く困らなかったら、現代の生活、ご近所付き合いなんてめんどくさくかんじて、そんなことのために時間さこう、とかご近所さんどうしてるかな、なんて気持ちにもならないだろうな、、、とも、家族だけで毎日がまわっていた日々、独身で家のことより外に出て色々することにエネルギーがむいていたときのことを振り返って思いました。


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by totoatsuko | 2011-01-16 20:37 | Comments(0)

おしらせ : クリエイティブ・アーツ・セラピーフェスティバル2011~象徴~

d0065558_16495079.jpg以下の企画内、ミ午前中のミュージックのセクション 担当します。
音楽療法のなかでも、Guided Imagery and Music (GIM) の要素を使って、
心の中を旅してみる、心と対話してみる、自分の「象徴」 をみつけてみる時間を提供できれば、
と思っています。

もちろん、音楽療法や、その他のアートセラピー を味わってみたい人も、是非是非ご参加ください!


『クリエイティブ・アーツ・セラピーフェスティバル2011~象徴~』
アートセラピー、ダンス/ムーブメントセラピー、ドラマセラピー、ミュージックセラピー、表現アーツセラピー。
これら5つの諸芸術療法を海外の研究・教育機関などで学び実践している専門家たちのワークショップ。

○日時  2011年3月21日(月・祝)10:10~17:00
○場所  芸能花伝舎(東京都新宿区西新宿6-12-30)
○参加費 1日 一般10000円、学生8000円
(1ワークショップの場合:一般5000円、学生4000円)

○プログラム
午前 WS1.テーマ「鏡」 ドラマ/ダンス
WS2.テーマ「夢」 ミュージック
WS3.テーマ「タイムトラベル」アート/ダンス
午後 WS1.テーマ「物語り」表現アーツ
WS2.テーマ「仮面」 アート/ダンス/ミュージック
全体会
※ワークショップには、午前・午後から各1つずつ選んで参加していただきます。

○申込方法 www.n-cat.jp
上記サイトよりお申し込みください(※申込開始は1月後半を予定しております)。
○お問合せ info@n-cat.jp

主催:N-CAT(Network of Creative Arts Therapists)


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by totoatsuko | 2011-01-15 16:49 | Comments(0)

企業にはいりこみたい!

d0065558_1651085.jpg企業付のカウンセラー というポジション やれたらいいなぁ、と思う。

それは、ここ数年、日本にかえってきてから なんとなく ずっと思っていたことなのだけど。

鬱の予備軍、鬱で会社を休んでる人って、大きな会社になればなるほど、数が多く、会社のカルチャーや雰囲気にもインパクトがある。

あまりに鬱がおおいので、鬱 対策をねるプロジェクトチームをつくったら、そのマネージャーが鬱になった、という外資系の会社の話をきいたことがある。

企業付の産業医とか、カウンセラーが存在する企業もあるけれど、
3分診療などにあまり意味が見出せないと思っている利用者(社員)というケースや、
不眠や不安などを軽減するための薬を処方されはするけど、
鬱の根本原因を紐解くようなカウンセリングがなされているところは少ないように思う。

あるいは、色々話をきいてくれる姿勢をしめしてもらっても、
なんで あなたに私の恋愛はなさなきゃいけないの、
なんて警戒心がとけないまま、表面的な世間話っぽいセッションになるとか

ポジティブシンキングの方法とか、こう考えてみたらとか、こう受け止めてみたら
という心の表層を頭や理論で操作するアイデアはもらうことはあっても、
どうして自分がそういう風に受け止めるようになったのか、
という心の構造にまでは踏み込んでカウンセリングを行う、というのはあまりないのかもしれない。


企業付のカウンセリングが表面的だったり対処療法である、という話は
ほんの一部しか現状を語っていない、とも思うのだけど

ならばなおさら、言葉によるカウンセリングが有効に働いているのなら
感情という抽象的なものを、抽象的でもあるアートという媒体を使うカウンセリング、という選択肢を
社員に会社として提供してもらえないものだろうか。

言葉のみのカウンセリングより、
ぐーーっと深いところに短時間で切り込めることもある
音楽やアートをつかった個人の心理療法
グループワーク グループマネージメント ストレス・アンガー マネージメント

というサービスをを定期的に(例えば週1回とか)会社という枠組みの中で提供できたら、
労働環境とか、社員の心理状態の質は、確実にメインテインできたり、
アウトプットの効率向上させることができると思うのだけど。

予防医学、という対処療法 ではなく 予防出来たほうが
医療費の軽減ができる、という最近の傾向は、
心のケアにもいえる。

一度鬱や摂食障害、パニック障害などになってしまうと、
そこから抜け出すのは、それは もう 体験した人にしかわからないけど、大変なこと。
それなら、心の健康状態も、予防に力を入れるよう対策が体制としてとれないだろうか?

それが実現可能だったら、カウンセラー一人くらいのお給料は軽く出るはず


心のケア体制が会社として存在していたら、
個人では割高なカウンセリングを、社内サービスとして社員(やその家族?)が気軽に利用できたら、
本当は投薬しなくても治るはずだったものが、治せたりもする。

  ~ 一度 薬をのみはじめたら、なかなかやめられないし、
  意識がぼや、っとする、とか太るとか、
  抗鬱財などの薬には、あまり知られていないけど沢山の副作用がある。 
  それに、長期的に薬をのみつづけたら、内臓だって傷ついていき、
   そっちの薬ものまなくちゃならない。


どうやったら 実際にきてもらいたい、と感じるほどまでに興味をもっていただけるか、
どうやったら つながっていけるのか、
模索 模索。


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by totoatsuko | 2011-01-14 14:04 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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