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苦い体験が より心理的に自由に生きるリソースになる

失敗は成功のもと、とか
あのときの自分があるから今の自分がある、とかは今まで思ったことはあるのだけれど、

最近の自分自身の心理療法のプロセスでふと心の底から感じたのは
過去のトラウマに、苦い経験の中にこそ、
今の、そして、これからの自分を深い心のattitudeから変えて、より豊かに、より強く、より優しく、よりクリエーティブに、主体的に生きていくリソースがとてつもなく存在しているのだ、ということ。トラウマは、人の気持ちをダウンさせたり、何かに対して苦手意識を持たせるだけではないのだ。

サイコセラピーのプロセスでは、
何度も、同じ過去の記憶に立ち返り、何度もそれをなぞり返す作業が自然とおこる。
その度ごとに、今の自分にたいする自分や生きている世界への感覚が変化し、
その度ごとに、過去が違う風に感じられてくる。

私達は、過去の体験ーどんなに頭で否定してもそれと現在の自分の繋がりは消えないーに大きな影響を受けている。過去のトラウマに苦しみ続け、それゆえに鬱や摂食障害や現在の人間関係に悩んでいる人は少なくない。それゆえに、虐待やDVや殺人にいきつき、ぬけられなくなってしまった事件の報道は増えている。今の自分が、過去と、自分の歴史と関係がある、と自覚している人は多くないけれど。

辛い過去は、思い出すだけでも辛い。思い出すだけで、自分が傷つく。
だが、トラウマは忘れ去るべきものでは決してない。
忘れ去らなければ幸せになれないのではない。
むしろ、忘れ去った「つもり」になっているほうが、自分の人生を裏から操作してくる。

トラウマが自分のリソースだと心から感じられるようになるにはすこし時間がかかるけれど、
一生かかりはしない。トラウマで傷ついた心にとらわれながらのいきかたは変えられる。

専門家と一緒に、トラウマに飲み込まれてしまわないよう、
あふれ出てくることもある強い感情に飲み込まれないようにしながら、ずーーーーっと見ていったら、そこに自分を支えてくれたり、応援してくれたり、自信を与えてくれたり、とても新しい発想を得るヒントがごろごろと転がっている。
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by totoatsuko | 2010-03-31 14:45 | Comments(0)

引き出されたinvisible 目にみえないもの

写真家は、写真をとることによって、被写体のもつ目に見えない要素をあらわにし、見る人にメッセージを伝えることが出来る。 写真家は、被写体を利用して、自分が伝えたいメッセージを見る人に訴えかけることも出来る。

被写体を実物とは全く違うように見せることが出来るのだ。

例えば、赤いりんご。
モノクロにしてしまえば、赤である、というそのりんごのアイデンティティーを消し去り、
逆に、現像の過程で深い陰影をつけることによって、
例えば誰も気にとめていなかった、そのりんごが持つ 「形」 という新しいアイデンティティーを見るものにアピールすることができる。

しかし、そういう意図を持ってつくった作品であっても、
見る人によっては、りんごの形には何も感動を覚えず、インスピレーションも感じず、
それよりも、背景に魅かれるかもしれない。

先日プロの写真家に写真を撮られることがあった。
ここに座ってください、とか
こういう風に座ってください、とか
こちらを向いてください、とか。

そのプロセスは、振り返ってみれば彼の作品をつくるプロセス、そのものだったと思う。
結婚式とか、プロの写真家に写真を撮られることはあっても、
その写真家の作品のための被写体になったことはなかった。

ああ、こうやって撮るんだ、と。

彼が私から感じたものを彼のフィルターを通して、カメラというツールを使いつつ、作品にしていく。
音楽も同じだな。
同じ情景を思い浮かべて、それを音にしても、
同じ楽器をつかっているのに、その人によって全く違う音楽が紡ぎだされる。

出来上がった写真を見たとき、
最初は、わーーこんな二の腕ぶっとく写っちゃって涙、とか細かいことが気になったのだけど
すこし時間がたって、写真をもう少し心理的距離をおいて、「作品」としてみたとき、
この女性は何を体言しようとしているのだろう?
彼女の目は何を物語っているのだろう?
この女性の人生は、どういうものなのだろう?
彼女は、カメラの先に何をみているのだろう。
写真家の彼がこの写真を通して訴えたかったことは何だろう?

私のある一部分が切り取られて表現された写真をみかえしていくうちに
いろんな自分との対話がうまれてきました。
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by totoatsuko | 2010-03-30 12:51 | Comments(0)

子供のいる家族のかたち

ウチの夫は保育に協力的じゃないし
夫が仕事が忙しくて、自分が働いたらキャパシティーオーバーになってしまうから、
仕事復帰をあきらめた、というある女性のストーリー。

社会との接点を持っておきたい!好条件で働ける仕事を捨てるのはもったいないという、
つまらない理由しか復帰にこだわる理由が最終的に残らなかった。

って、つまらない理由かしら?
どちらも とても 一人の人間にとって大事な大事な理由だと思う。

一昔?前は、「休日は家庭サービスやってます」って姿勢がカッコイイもののように、男性だけでなく女性にも受け止められていた気がするけれど、家族の一員として家族の出来事に、日常に当たり前の事としてかかわる、という男性が増えた今、そのセリフをきくと、かわいそうな気持ちになる。
サービスされてるのはあなた?
サービスしてる・いいことしてる気持ちになっているのはパパだけかも?

バースコーディネーターの大葉ナナコさんと話しているとき、
子供が10歳になったとき、夫婦のお互いに対する愛情は、急反する場合があるのだそうだ。
子育てが一番タイヘンなときに夫が家族との関係を大事にしてこなかったら、夫の存在意味が、おおよそATM(お金引き落とし機械)だったら、子供が10歳になったのを境に、妻はそれまで緩やかに下降していた夫に対する愛情が急落し、その頃になってやっと妻の存在のありがたみに気付き夫の緩やかに上昇していた妻への愛情は急上昇していくのだとか。

失われた十年を、その後お互いの愛情の差異に気付き、埋め合わせようと努力する、あるいはもう一度近づける夫婦はどのくらいいるのだろうか?

夫婦の形は、その数だけ。
はて、それぞれはどんな関係を築きたいとおもっているのだろうか?
それとも、何も考えていないのか?
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by totoatsuko | 2010-03-25 17:14 | Comments(1)

あの人は変わってしまった・・・

関係が壊れるときに、、、

あの人は変わってしまった
2人の関係が昔とは違ってしまった

というせりふが出ることがあるけれど、
お互いがお互い個人として変わっていくことを包容できる結びつきの強さとか、2人が持っている二人の世界に余裕があったら、成長を続ける国のように、どんどん どんどん その関係から新しいものを生み出し、どんどん どんどん その関係が面白くなっていく 成熟していけて エキサイティングでもありうるのではないかと思う。

ただ、新しいものを生む、変化し続ける、ということは
既存のものを壊したり、持っているものを捨てなくてはならない作業もあるから、
必ず痛みが伴うと思うのだけれども、

あの人が変わってしまったら、もう関係は終わり、なのではなくて、
自分自身が変わることも、相手が変わっていくことも、一緒に楽しめたら、
その予想できない変化を期待し、そのプロセスを味わえたら、
自分だけじゃなくて、一緒にどんどん いっぱい楽しめるとはず。
思いもよろない化学反応が、思いもよらない出来事に出会って、楽しめる。
もちろん、思いもよらないショッキングなことだって起こるだろうけど。

でも、それも人生の味わいの一つ。

そう思う。
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by totoatsuko | 2010-03-23 17:13 | Comments(0)

がま口バッグ

とても とても気に入っていたがま口のバック
大きめのノートも書類も余裕で入るくらいの大きさのバッグ
何年も毎日使い倒して、ある日金具が壊れて、自分で直して使っていたけど
とうとう直せない壊れ方をして なくなく旅先のロンドンのゴミ箱においてきた

それからもう5年くらい経つかしら
私の愛したがま口バックのデザインとは全くちがうけど
あるがま口バックに一目ぼれした

モノが増えるのが好きではない、
出来るだけシンプルに生きたいと思っているので、
すごく迷った。
今、バックがなくて困っている訳ではいない。

でも、やっぱり欲しくて欲しくてしょうがない自分がいた。
がま口だったら、なんでもいいわけじゃなくて、
あのがま口バックが好き!
でも、どうしよう・・・

このバッグを肩にかけて出かけるときは、
すごく嬉しい気持ちになる。
どんなに見つめても見飽きない。

どうしてこんなにがま口に魅かれるんだろう?
自分でも不思議で 不思議で・・・

と思い巡らしていると、一つの思い出がよみがえってきた。
幼稚園のころ、きっとそう。
毎年一月三日は、祖父母と宮島へ初詣に行く慣例。
両親と離れて、祖父母と特別な場所に遠出するのが嬉しかった。

ある年、叔母にもらったお年玉で、宮島の縁日でがま口のお財布を買った。
もしかしたら、それが人生で初めて自分のお年玉で自分のものを買った経験かもしれない。
赤い和文様のちいさながま口で、その後しばらく使っていた。

使っていた、といってもそんな年齢だから、
自分で買い物するなんて機会は滅多になかっただろうけど、
小銭がじゃらじゃら入った、すこし重たいその財布がある風景はなじみがある。

もう少し大きくなると、もうそのがま口に小銭が入っている記憶はなくて、
引き出しに捨てられない思い出の形見のように、ずっと同じ場所にしまってあった。

たまに実家に帰って、引き出しをあけるといつも無意識に見かけていた気がする。
今もあるんだろうか?
よく思い出せない。

でも、思い出せるのは、
やさしい祖父母の笑顔と
新年の初々しい気持ちと、
遠出するドキドキと、
いとこ達とじゃれあって笑い転げている風景。

だからかしら、意味無くこんなにがま口に魅かれるのは。
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by totoatsuko | 2010-03-18 17:27 | Comments(0)

よさそうなspecial needs関係のWS

NPO International Secondary Schoolは、主として公務等で日本に来ている人たちの子供たちの中、発達障害、集中力障害、学習障害などの子供たちを受け入れる学校が日本にはなく、日本には、診断された子どもを持つ親は、赴任させないという暗黙の了解が国際的にできてしまっていると聞いたため開いた学校で、現在、5年生から高校3年生までの60人、22カ国の子供たちをそこで教育している。きわめて個別に近い形で教育をしており、子供たちはいきいきと学校に通っているらしい。

本来は、小学生も受け入れて行きたのですが、スペースがなく、なんとか将来は、学校にいかれない子どもがないようにしていきたい、と頑張っており、今年も13人の卒業生を出し、国内外の大学に進学する子がほとんどで、普通であったら、落ちこぼれた子供たちの将来の道を作って行く事ができた、と共に、少しずつ、日本にもそういう学校ができたと国際的に信用も回復しつつあるようです。

4月24日、25日には、自閉症、アスペルガーの画期的なアセスメントを開発した二人の博士が来日し、ワークショップがお台場で開かれる。
今の所、参加を申し出ているのは、グアムを本拠地にする米軍関係の医者、カウンセラー、療養士、special educationの教師、日本中のinternational schoolのカウンセラー、および外国人セラピスト、シンガポール、台湾、韓国などからのinternational schoolのspecialistで日本人はこれから告知予定。日本人の関わっている人たち、親ごさんにもいい機会かもしれない。
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by totoatsuko | 2010-03-12 21:53 | Comments(0)

The rose

プールで泳いでいたら、NYのキャンサーセンターで働いていたとき患者さんや家族によくリクエストされて、私自身もとても好きだった曲が流れてきて思わず聞き入った。

The rose オリジナルは、ベッド ミドラー

one say love, it is a river
That drowns the tender reed
Some say love, it is a razor
That leaves your soul to bleed
Some say love, it is a hunger
An endless aching need
I say love, it is a flower
And you, its only seed

It's the heart, afraid of breaking
That never learns to dance
It's the dream, afraid of waking
That never takes the chance
It's the one who won't be taken
Who cannot seem to give
And the soul, afraid of dying
That never learns to live

When the night has been too lonely
And the road has been too long
And you think that love is only
For the lucky and the strong
Just remember in the winter
Far beneath the bitter snows
Lies the seed that with the sun's love
In the spring becomes the rose

###
心が血を流しているとき、切なくてしょうがないとき、歌いかけられると本当に心にしみて涙がわく。
苦しさつらさ、だけじゃなくて、春がくる希望に続いていく情景がとても好き。

寂しすぎる夜、道のりが通すぎるとき、ラブだけが頼り
忘れないで、どんなに辛すぎる冬でも
雪の下に植えた種を太陽のラブと一緒にそだててる。
そうすれば、春にはそれがローズの花をさかせる。
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by totoatsuko | 2010-03-10 11:18 | Comments(0)

ドラマセラピーワークショップなど

以下、コピペです。

平素より、日本ドラマセラピー研究所の活動をご支援いただき、ありがとうございます。
本年も、ドラマセラピーミニカンファレンス「ドラマセラピーフェスティバル201
0」を開催する運びとなりましたので、ご案内させていただきます。
3度目の開催となる本年のテーマは、「Growth~ドラマで育む、ドラマを育てる
~」。ドラマによって育まれてきた(育まれている)私たちは、同時に、日本の中で
ドラマを育てていく立場にあるのだと思います。
今回はドラマセラピーのほか、コミュニケーションを育むためのインプロワーク、
演出家の方による『ドラマエッセンス~他者を感じる』、そして「エモーショナル・
リテラシー」という「自分のありのままの気持ちを認め、受けとめ、表現する」とい
う概念を、ドラマを使って紹介していくというワークショップを企画させていただき
ました。

「ドラマ」という名のもと、この機会に、皆さんと共に学びあい、刺激しあい、成長
していくことができたら幸いです。このフェスティバルが、ドラマを愛する多くの方
と知り合う機会、ネットワークを広げる場となることを願っております。
皆さまのご参加を心よりお待ちしております。

日本ドラマセラピー研究所一同

***********************
ドラマセラピーミニカンファレンス
『ドラマセラピーフェスティバル2010~ドラマで育む、ドラマを育てる~』

日時:2010年3月22日(月・祝)午前10時~午後8時
場所:芸能花伝舎(東京都新宿区)
    http://www.geidankyo.or.jp/12kaden/08access/index.html
参加費:8000円
定員:60名(先着順)

【プログラム】
9:50-      受付
10:10-10:20 オープニングセレモニー
10:30-12:30 ワークショップ1 「ドラマセラピー:夢から生まれる、夢を育て
る」
         ワークショップ2 「真の気持ちを受けとる:エモーショナルリ
テラシーワークショップ」
13:30-15:00 シンポジウム 「ドラマで育む・ドラマを育てる」 by ワークショッ
プ提供者
15:15-17:15 ワークショップ3「インプロ・ワークショップ~Yes, andでコミュニ
ケーションを育む」
         ワークショップ4 「ドラマエッセンス~他者を感じる」
17:30-20:00 ドラマフェスティバル
         プレイバックシアターbyらしんばん &懇親会

※詳細は日本ドラマセラピー研究所HPをご覧ください。
 http://www.geocities.jp/jpdramatherapy/2010miniconference2.html
申込方法:日本ドラマセラピー研究所HPより申込書をダウンロード
       dramatherapy@hotmail.co.jp までメールにてお申し込みください。
申込期間:2月23日(月)~3月20日(金)
    
お問合せ:dramatherapy@hotmail.co.jp まで

***************************************
日本ドラマセラピー研究所
http://www.geocities.jp/jpdramatherapy/
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by totoatsuko | 2010-03-05 14:53 | Comments(0)

自分を失わない事は自己中心的だろうか?

自分らしくあることは、わがまま、にとられることもあるだろうが、ユニークと捕らえられることもある。
私は、子供時代先生たちからも親からも自己中だといわれ続けた。
NYに行ったら、シャイだ、人の事を優先させてる、と言われ続けた。
この違いは何なのだ。私は同じことをしていたのに?

そういう意味で、私はNYに行って、自分の翼を広げ自分の生きたい方向に飛ぶことを恥じたり、隠れてやる必要がなくなった。それはとても気持ちのよいことだった。オープンに行うことによって、より多くの助言やサポートを受けることが出来、より大きく羽ばたくことが出来るようになった気がした

しかし、同時に、うずくまっていても誰も声をかけてくれない場所でもあった。
自分がどうしたいか、相手に何をヘルプして欲しいかちゃんと伝えないと、見出してくれない、自分という存在を。日本では、うずくまっている方が安全だった。私をとっぴなことを言い出し集団を乱す要因と感じなければ、みんな声をかけてくれる。

母が言ったことがある。
あなたが何を言い出すか、いつもびくびくしていた、と。
母は、私の何に危険を不安を感じていたのか?

集団マインドでしか出来ないこと、それだとできないこと があるのと同じように、
individualistic でしか出来ない発想 と それだと生めない結果がある。

ユングは書いている。
西洋文化は、まず自分があって全体がある、というマインド。
東洋文化は、まず全体があって自分がある、というマインド。

言い換えれば、全体が乱れていては、自分の存在が意味をなさなくなる不安を駆り立てさせられるのが後者の社会・文化。でも、イチゼロではない・ individualistic であったり、集団主義であったり、自分の行動を自由に自分の意思決めていけたらいいではないか?(しかし、そのためには、まず自分を知る必要があるが。)

自分の近しい人がindividualistic な行動をしようとしたら、どういう風にうけとめるか?
全てわがままだからやめるべき、というか?
その場合、集団を乱さないことが大事、という理由が見え隠れする。

私は対話したい。
どうしてそのシチュエーションでそうしたいのか、そのシチュエーションを本人はどう捕らえているのか?
>集団行動が目的の場であえてindividualistic な行動ををとろうとしているのを自覚していてそれでもやりたい、と思っているのか、
自分の言動が「そのコミュニティーにおいては」(日本ではそうでも、海外では当たり前な言動ってある) individualistic だと捕らえられる恐れがあるという事実に気づいていないだけなのか?
それとも、場の目的を勘違いしているのか?
そして、最終的にどういう言動を取るかは、本人の責任・自由だと思う・
非難されながらも、自分がやりたいことを自覚と責任をもって実行するならそれでいいと思う。
クリエーターは、何か新しいものを生む人は、最初は周りから理解されにくいものだ。

アーティストには、自国から出て、海外に拠点を置く人は少なくない。
自分らしくあるためには、自国にいないほうが、生きやすい場合もある。
周りの人から、同国人だという目でみられず、一人の個として存在できる、あるいみ中立的に存在できる可能性のある海外。

でも、自分らしく生きることは、アーティストの特権ではない。
私たちだって、日々新しい一日を送り、新しい自分と出会い続けている。external な要素と培われた自己規制精神の枠組みの中で、冬眠させられている自分があるかもしれない。

自分らしくあることは、自己中心的ではないと思う。
だって、一人ひとりみんな違う。どんなに、私はあなたとおなじ、って顔を化粧を施して取り繕っていても、本質的には違うのだ、日本人同士だって。 自分が人と違う、という事を自覚し、肯定的でき、さらに自信がもてたら、人が違うことをしても驚かないし、攻撃したくなる無意識の衝動もきっとなくなる。

自分がユニークな存在であることを自分で尊重できたら、それに対して嫌悪感を持つ人にもきっと上手に伝えられる、自分らしくあることで、あなたを攻撃するつもりも否定するつもりも、そしてあなたを変えようとするつもりもありませんよ、と。そして、きっとはぐくんでいく関係の中で、相手は気づいてくれるはず、自分らしくあることは、誰かを傷つけることではなく、自分も相手も自然体で生き、付き合っていくことができるのだ、ということを。
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by totoatsuko | 2010-03-05 10:40 | Comments(0)

地域別の連休

連休を地域別に違う週に設定することで、行楽地や道路の混雑など、連休の弊害を緩和させようとする意見が出ていることを読む。

どうして、政府が休みの取り方みたいなのを決めようとするんだろう?

それより、国民ひとりひとりの、
連休だから休まなくちゃいけない、公的な休日以外はやむをえない理由以外では休んではいけない、
という概念を変える教育をしたほうがいいんじゃないかなぁ?

働く側と、会社側が、合意して、休んでいる間の段取りを整えたら、決まった日数以内だったらいつでも休んでいいよ、みたいな感覚。 私が知っているアメリカはほとんどそうだし、日本にだってそういう会社はいっぱいある。

そしたら、業界的には凄く忙しいのに連休のためにお給料のでない休日出勤して悲しい思いをしなくてもよくなるだろうし、暇な時期にぶらぶら出社しなくてもいいだろうし。

でも、日本の、みんな一斉に! とか
上の人に決めてもらわないと休みにくい、
って感覚、変わりにくいのですかね。
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by totoatsuko | 2010-03-04 14:24 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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