「ほっ」と。キャンペーン

カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

totoatsuko.exblog.jp ブログトップ

<   2007年 07月 ( 9 )   > この月の画像一覧

なくしたもの

昨日は とても大事なものをなくしてしまった。
土砂降りの午前中、地下鉄に傘を置き忘れてしまい、
雨の中小走りに最寄の建物へ急ぎ足。
傘を買おうと店内を歩いていると、ジャケット代わりにしていたアンティークの子供用の着物のまえがはだけている自分の姿が鏡に写っている。

ない。あの大事なブローチが。

それまでにたどった道のりを何度も、何度も行ききしたけれど見当たらない。
そうとう落ち込んだ。
だから「モノ」を所有するのは嫌なんだ、こんなに悲しい思いをしないといけないから、とまで思った。

そのブローチにはとてもとても大事なストーリーがあった。
自分の大事な部分の象徴ですらあった。

この喪失は、今の私の何を示唆しているのだろう?
日々起こることは、全て偶然ではなく、必然なのだと思っている。それは、私が気付いていない事だが、私の無意識や私が関わっている社会や人間の集団無意識はすでに気付いていて、水面下で起こっている事が表層にあらわれる現象。

あえて「昨日」というタイミングに、「土砂降りのなか」、「アンティーク(とこれまたストーリーのある)の着物を羽織」って、「急いでいた」時に、なくさなければならなかったもの。

私は、人生において、今 何を失っているのか・失おうとしているのか?

そんなに気に入っていたのなら、また同じものを買えばいいじゃない、という人がいたけれど、
私にとって失ったブローチは、二つとない。なぜなら、そのブローチには他にはないストーリーと記憶と感情が沢山積み重ねられていっていたから。大切な人を失って、全くその人と外見が同じ人間を連れてこられたって、何の意味もなさないのと同じである。

私の大事なものを象徴していた「物質」は、どしゃぶりの日に私の前から姿を消してしまった。
そして、そのどしゃぶりは役目を終えたかのように1時間後にはかんかん照りに変わっていた。

あのブローチを見ることによって思い出していた記憶は、もうあれを見ることも触れることもできなくなってしまった瞬間から、色合いを変え始めている。私の心の中で自分が積極的に思い出さないと戻っていけなくなってしまったブローチが私の手のひらにのせられるまでの経緯、それをもらった場所、におい、10年前のあの人の姿、その時の自分の生きざま、貰った時の気持ち。

私の意識がまだ気付いていない事、
この出来事が教えてくれようとしていること、
私の感情や人生 何が起こっているのだろうか。。。
[PR]
by totoatsuko | 2007-07-31 13:01 | Comments(0)

あなたのために、、、

つきっきりで、何も言わずもくもくと何もかもやってあげていたら、
あなたがエネルギーを注いだ対象はふぬけになってしまう。

自分で、自分を支えられなくなってしまう。
毎日、ちょっとづつ薬を飲ませて、健康を蝕んでいかせているようなかんじ。

あなたがやってくれることが、空気が存在するのと同じくらい当たり前になって、自分の人生があなたの人生の犠牲の上に建っていることを忘れてしまう。そして、自分の人生が困難に陥った時、あなたがいなかったら、いないあなたに対して怒りをぶつけるしかない、自分で困難に立ち向かえない、どうしようもない人間になってしまう。

夫が、妻が、子供が、パートナーがだらしなくて、「私がいなかったらどうしようもない、この人生きていけるのかしら?」と思っているなら、それは、愛情を「なにかをしてあげること」でしか表現してこなかったあなたの完全な思い違いである。

あなたがいなくたって、そのだらしない人は生きていける
「あなたが望む」「あなたがよしとする」生き方ではないでしょうけれど。
それでも、その人は生きていける。
もしかしたら、よっぽど、あなたがいない方がその人らしく生きていけるかも。

もし、本当に相手が自分らしく幸せになって欲しいと思うなら、
そして、自分もその人に寄り添い、寄り添われながら、自分らしい生き方に幸せを感じたいと思うなら、
あなたの理想やスタイルを空気のバリヤのように相手の周りにせっせと用意するのではなく、
少し離れて、相手が自分の意志をもって「見たい、知りたい、自分の生き方にその要素を取り入れたい」と積極的に思えるような関わりをしたほうが、相手を尊重できるし、自分自身の生き方も、もっともっと大事にできる。

そうしたら、自分がもっともっと成長し、変化していくことに投資ができ、それをまた相手が吸収していく可能性を広げる、という好循環も生まれてくるのだから。
[PR]
by totoatsuko | 2007-07-25 14:17 | Comments(0)

私の人生 返して!

d0065558_137918.jpgあなたのためを思って言ってるの。
あなたのためにやってあげているの。

それなのに、何その私に対する扱いは?
私の人生を返して!
ブスッ。

とまでくると物騒ですが、最近はなきにしもあらぬお話。
ブスッ、の形が離婚だったり、家出だったり、問題行動だったり、精神不安定だったり。

とにかく、誰かのために我慢したり、努力して自分を奔走し続けたにもかかわらず、相手に投資した自分や自分の人生が相手から十分に評価されず、見返りも貰えないと気付いた時、怒りは爆発する。その理由は、もっともだ。でも、ちょっとまって、自分を犠牲にしてまで相手のために奔走すること・相手に振り回されることを選んだのは「自分」なんですよ。

ブレイクダウンすると、
1.とにかく相手(子供、親、パートナー、家族、友人)の事が大事で大事で、
2.やってあげたくて、
3.やってあげる。

となる。

1は、相手に対する自分の内面に起こっている気持ち。
2は、気持ちを表現すたり伝えるには、何かアクションを起こしたい、という反応。
3は、2を実行に移すこと。

でも、相手が大事だからこそ、何もやらない、という選択があることも知っておいて欲しい。相手を支える、喜ばすには、何もかもお膳立てしてあげる・という方法だけではなく、自分で組み立てていく、創っていく喜びを学ぶ機会をつくってあげるために、わざと何もせず、時々声援を送りながら、横でアイコンタクトを密にとりながら、その失敗と小さな成功の積み重ねの過程を見守る・認めてあげる、という精神的なサポートをすることの方が、意味があったりする。

あるいは、直接相手のために何かしなくても、自分がステキな生き方をして、
その背中を見せてあげることによって、相手を喜ばしたり、啓蒙できたりもする。

音楽療法セッションで即興演奏や、何か曲をクライアントと一緒にやっているとき、多少テンポがずれることになっても、
相手が音を出す機会を与える、
相手がその空白の空間を埋める喜びを体験するために、あえてセラピストは音を出さず、待ちの励ましの視線と姿勢を提示するにとどめる、
ということがあります。


私の人生返して!
と叫ぶ前に、無意識の内におこなっていた「あなたのために~」の行動を見返してみて、それがいかに自分自身の自己満足のためであったか、自己満足に終わっていたか、吟味してみたらどうだろう?
[PR]
by totoatsuko | 2007-07-25 14:10 | Comments(0)

いじめられない体質

d0065558_135827.jpg家にはTVがあるけれど、滅多に見ない。
アメリカにいる時もTVをルームメイトが安く譲ってくれたので持っていたけど、場所をとるからクローゼットの中にしまってあって、必要な時引っ張り出して見る、という感じだった。イマドキ、気になるニュースや情報はネットで収集できるからTVを見なくても、不都合はない。

子供時代もほとんどTVを見なかった。というか、ピアノの練習や宿題などしないといけないことが限られた学校から帰宅後~寝るまでの時間に山積みになっていて、見る余裕がなかったというか。それで、学校でドラマの話についていけなくても、友達とその話題について盛り上がれなくても、特に疎外感を感じはしなかった。

学校にいる間の授業以外の時間は、家でできないけどやりたいこと、例えば その時によってマイブームは違ったけれど、 編み物とか、読書とか、縄跳びの練習とか、何かをデザインすることとか、学校のイベントについてアイデアを練るとか。疎外感を感じなかったのは、ドラマの世界やそこに生きる人間について復習するより、”自分の人生を生きる”のが忙しかったからかもしれない。私がやっていることが面白そうであれば、自然と人がまわりに集まってきた。でも、自分を好いてもらうために何かをやる、という魂胆は全然なかったから、一人でもくもくと自分のやりたいことをやっている、という状況も多かった。

ふりかえってみれば、こんな要素は いじめられっ子になりやすい。
孤立していたり、みんなと違ったり、違うことをやっていたり。
確かに、思い出してみれば、番長グループの子分に小学校の裏庭に呼び出されて、ズラッと囲まれたこともあった。詳細は思い出せないが、「エラそうだ」みたいなことを何かすごい怖い形相でせまられて、恐怖だったけれど、「こんなことしてるあなたたちに付き合ってる暇はないんです。まだ、文句いいたかったら先生の前で言ってください。ではまた。」 と平静を装ってその場を去った、、、ような気がする(多少 記憶は美化されているかも)。当時はまだ袋叩きにする、みたいないじめスタイルではなかったのも幸いしたけれど、そのご番長グループは私にちょっかいをださなくなった。

あるいは、祖母にもらった赤い革の筆箱を小学校1年の時から高校まで、ずーーっと使ってっていたけれど、そもそも革の筆箱なんて持っている人はいなかったし、長年使っているからボロボロ。そこで、またちゃかされる。「オマエ なんでこんなボロイのもってんの?ダサー」「家が貧乏で可哀想なヤツだ」 でも、私はちっとも悲しいと思わなかった。「これはね、私の大好きなばあちゃまが買ってくれた筆箱なの。革でできてるなんてステキでしょう?使い込んでるから革に艶があるし。キズのひとつ一つにも色んな思い出があるんだよ」といえば(実際そう心から思っていたし)「汚いなお前」と言うイジメっ子のうしろでヤイヤイ言っていた取り巻きは、しげしげと筆箱をもう一度みなおして、ナルホド そう言われてみれば珍しくて カッコイイな、それ。 とダイナミックスが変わり、ボスもその空気を察して、前言撤回。その後は、一時期「カッコイイ」 という基準が 「アンティークなモノ」に変わったりした。

いじめられる要素なんて、誰にでもある。
くさい、とか、暗いとか、ダサイとか。
そういうものは、いじめたい側の主観にすぎず、視点をずらせば
その匂いは魅惑的な香りに、
暗さは アンニュイな表情に、
ダサイスタイルは次に来るトレンドファッションの先取りにもなりうる。

大事なのは、自分のその要素を他人にどう「カテゴライズ」されようと、
「それがどうした。」と胸をはれることではないかと思う。
香水だって、嗅ぐひとによって、臭いと感じたり、いいにおいと思ったりするのだ。
そこで、仮に自分のにおいに何か言われた時、
「そっか、あなたは臭いと思うんですね。嫌な思いをさせてごめんなさい。私は この香り好きだなのです。だから、今後はあなたに近寄らないようにする努力をしますから、あなたも近寄らないようにしてくださいね。」といえるか、
「え、ゴメンなさい、臭いですか?どうやったら、匂わないようにできるんだろう。わからないです。すいません、ゴメンなさい。」と相手に「いじめられっこ」に選ばれて、要求されるがまま「いじめられっこキャラ」を演じてしてしまうか、そこで、全く予想外のキャラクターを提示できるかどうかで、随分 いじめる側の反応が変わってくるだろう。

いじめっ子は、いじめられっ子が存在する事によってのみ生息できているのだから。


今 子供がはいているパンツはもらい物の機関車トーマスの柄モノ。
保育園日誌によると、「みんながアンパンマンパンツをはいているので、彼も同じのをはきたそうです。お友達のアンパンマンパンツを持って、嬉しそうに歩いています。トーマスもカッコイイよ、と言ってあげています」と書いてあって、自分が人と違う状況を経験しているんだな、と思いました。うらやましいな、と思う気持ち、でも、自分だけトーマスパンツを持ってるんだぞ、いいだろ~、みたいな気持ち、どっちも経験してもらいたい。 そして、自分が持っていないものや、人と違うことを残念がるのではなく(そもそも、細かく捉えたら一人一人の人間は異なる存在、キャラクターなんですが)、また、「違い」を揶揄されても、自分は自分、って自信をもって自分を生きて欲しいな、って思うのです。

そうしたら、いじめる人も、全然からかっても面白くないし、「みんなと一緒じゃないと恥ずかしいの?子分引き連れてないと自分で自分の足を支えられないの? ダサー」と逆に思わされたりするでしょう。自分を持ってないがゆえに不安で誰かを否定する事でしか自分の存在を確認できないいじめっ子は、たとえいじめる理由を発見してもこんな人には怖くて寄り付かなくなるのではないでしょうか?
[PR]
by totoatsuko | 2007-07-25 11:02 | Comments(0)

力づくでおさえつける

d0065558_1334759.jpg先日7針ぬったコドモの背中の抜糸をした。

消毒に一日おきに近所の小さな病院に行っているときから、「抜糸のときはまた押さえつけますから(きっと泣き叫びますよ、覚悟しておいてください)」といわれていた。そして案の定、縫われる時のように号泣&最大の抵抗。

お医者さんは、数分格闘した後、結局あきらめて、じゃぁお母さんに抱っこして貰っていいよ、と言う。そうしたら、何も言われないのに子供が腕の中でじっとしているものだから、「あ、この体勢いいですね、そのまま そのまま」 と、糸にはさみを入れていく。その間も子供は無抵抗だったので、数秒で抜糸がすんなりおわった。


まだ言葉でのコミュニケーションが上手く取れない子供をじっとさせるには押さえつけるしかない、って思うひとって沢山いるのでしょうね。恐怖を感じさせる状況をつくり、その結果必死に抵抗したくなる心理が生まれ、しかしそれを力ずくで押さえ込むには相当無理がある。その方法しかないのなら、そうするしかない。でも、子供を安心させることができたら、子供から信頼を勝ち取ることができたなら、脅さなくても、意味ない言葉がけをしなくても、今回みたいに拍子抜けするくらい じっとできる、それも長い時間。


私たちは、自分がこうあるべき、と思っている姿になるために、結構力づくで自分を抑えている。例えば、摂食障害。過度に食べる物や量をコントロールすることで、なりたい姿ーそれは 表面的には体形のコントロールだったりするけれど、その下のレイヤーには 今のありのままの自分を認めて上げることができない心理があったりする。あるいは、自分の人生があまりにも周りに翻弄されているので、無意識に自分が摂取するものくらいはコントロールしたい、という心理だったり。でも、無理に自分をコントロールする試みは理想の自分に自分を近づけるどころか、栄養失調や過度な精神不安定を生む。

また、泣いてはいけない、前むきに生きなくてはならない、と辛い状況にいる自分に言い聞かせて、無理やり元気な自分をよそおったりする。そして、余計に心のバランスを失ってしまう。それは、気づいていないかもしれないけど、暗い顔をしていたら周りになんていわれるかわかんないよ、と自分を(無意識に)脅し、とりあえず悲しい顔以外の顔をしようとする。本当は、普通の生活を送るのがままならないくらい、体力を消費しているのに。 もし、自分が感じている悲しみや怒りを 出てくるな!出てきたらただじゃおかないぞ!と脅すのではなくて、ああ、そんな強い悲しみがあるんだ、と受け止め、子供をお母さんが抱擁するように抱きこんでやると、自分にとって疎ましい自分も変な抵抗や行動・衝動を起こさなくなる。

心と付き合う方法は、心との距離の取り方はいろいろあるけれど、
脅して、押さえつけて、無視しているうちは、何も対話が生まれないどころか、ますます関係が難しくなってしまうだろう。
[PR]
by totoatsuko | 2007-07-18 22:27 | Comments(1)

親孝行

親孝行って、実際のところどういうことなのだろう、とここのところ思いを巡らせている。

自分を人生を賭けてそだててくれた親が自分にしてもらいたいと思っていることをやってあげる → 親が嬉しい思いをする・満たされる。子供(自分)自身も親の嬉しそうな顔をみて嬉しい。

ということだろうか?

この関係、うまくいっていればいいのだろうけれど、一つ歯車が狂えば、お互いがお互いを喜ばせるために自分の人生を捧げ、自分らしく生きそびれてしまうのではないか。

ある女性は、父親が早く亡くなり女手ひとつで自分を育ててくれた年をとっていく母親を一人にできない、と生涯結婚せず母親と一緒に暮した。結婚のチャンスが幾度かあったけれど、母親を一人にするという親不孝は出来ない、と自分を律した。ここには、母親が自分の人生を犠牲(というと聞こえが悪いですが)にして自分を育ててくれたのだから、今度は自分の人生も犠牲にして親の面倒をみよう、という認識があるような気がします。母親が先に逝き、一人身になったときに、残りの人生を一緒に歩んでくれる伴侶が、子供が欲しいと思ったとしても、叶わない。

子育てをすることが、親の人生の犠牲になっているわけではないし、結婚せず親と暮らすことだけが、親への恩返しになるとは思わないのですが、そういう風にしか考えられなくなっていること自体、エネルギーや考え方が閉鎖的になっているということでしょうか。


親が子供に”こうあって欲しい”と期待をよせるのはよくあることだけど、親の希望通りになることだけが親を喜ばす方法・あるいは育ててくれたことに対する恩返しではないような気がする。すくなくとも「私」は自分の子供が「育てた」ことに対して何か「謝礼」的な行為をしてほしい、とは今のところ感じていない。私が好む生き方を私を喜ばすためにやって欲しいとは思わない。私が想像・理解、あるいは共感できる世界や価値観、生き方の範囲内で子供が自分の人生を作っていったら、それは分かりやすいから、いつも心穏やかに子供と接することが出来るだろうけれど、それではあまりにもつまらない、と思う。自分の生き方に共感してそういう風に生きるのは、自分自身だけで十分だ。

子供は自分と違う人間で、まったく異なる時代に生きているのだから、私の理解を超える生き方をして当然だと思う。違いを目の当たりにしたとき、私はひどく困惑するだろうし、怒りさえ感じるかもしれない。そして、私と子供はぶつかるだろう、どうして理解出来ないんだ?どうしてそんな考え方になるの? しかし、そういうのを通じてのみ、刻々と変化しているお互い素直な心中を知ることが出来る。そして、私は自分自身では立ち入ることが出来なかった世界に、子供のおかげで足を踏み入れる機会をもらう。子供が、私の思い通りに、あるいは私と同じ価値観を持って生きていたら決して味わうことができない、葛藤と衝撃と驚くべき喜びと感動。

ある親は、親の選ぶ見合い相手の中から結婚相手を選び、20代前半で専業主婦になり、親の近くに新しい家庭を持つことが娘の一番の幸せだと心から信じていたので、娘がそうするものだと思っていた。しかし、娘はそんなに早く結婚もしなかったし、親から遠くはなれた場所、海外に行ってしまった。親は、嘆き悲しんだ。海外という自分達が知っている文化や習慣が全く違う地に染まっていく自分の娘。しかし、この両親は娘がいなかったら決して行かなかったであろうその場所を旅行する機会を得た。それは、日常を離れ、全く異質な世界にふれ驚愕と喜びが詰まったひと時だった。自分達は出会わないような人々とも、娘を通じて触れ合うことが出来た。


親が、子供のために、と必死で色んな事をやりすぎると、子供が自分自身の手で自分の人生を作っていく機会を逃すだけでなく、親自身が自分の人生を自分のために生きることを見失ってしまっていないか?

子供が、親孝行と思って親の望むように行動する・生きることによって、自分らしい生き方は何かと自分に問うのを諦めているだけではなく、親が自分自身で自分を喜ばせる生き方を見つけるチャンスを妨ではいないだろうか?

例えば、前回取り上げたニュース。70代のお母さんと息子。
お母さんは、お金をあげることで息子をサポートしている・喜ばせていると感じ、息子はお金を貰うこと(サポートしている気持ちにならせてあげること)で、お母さんを喜ばせている(親孝行している)と感じていたかもしれない。

もし、お母さんがお金をあげなかったら?息子は失業を隠蔽できずすぐざま困難に直面しただろう。「誰かの子供=誰かに守ってもらえる」という逃げ道がなくなることで、一人の人間として困難に取り組むこと出来たかもしれない。

もし、息子がお金を貰うことを拒否したなら、お母さんは自分のお金をどう運用・活用しようか思案する機会を持ったかもしれない。(勿論、この既存の親子関係や親自身のアイデンティティーが変わるには痛みを伴う)自分の理想とする「親業」を生きることだけから喜びを得る日々ではなく、親子の関係を離れ、もっと目を外に向け、一人の人間として例えば旅行や演奏会などに出かけ美しいものを見たり聴いたり美味しいものを食べたり、例えば習い事をして色んな人と出会ったり。あるいは、チャリティーに参加し、広義に人のために貢献したりと。そういう意味では、親の思い通りに行動しないこと(例えばお金を貰うことを拒否すること)自体が、親を自由にし、ひいては逆説的だけど、親孝行とも言えるのではないだろうか?
[PR]
by totoatsuko | 2007-07-11 22:51 | Comments(1)

よかれ と思ってした結果

辛い思いを存分に体験する機会を与えてあげる(前回の記事参照)、というとなんだか虐待に聞こえなくもないけれど、、、それと私が言っている状況は根本的に違う。

虐待は、親が 本当は自分の心のブレが理由なのに気付かず、「子供がいう事を聞かない」と子供のせいにして、過剰に、病的に継続して子供を傷つけること。それは、親が自分自分の心に耳を傾けず自分自身で自分の心を虐待しているのを反映している。この意識されていない内的現象は、 「いう事を聞かない手がつけられない子供=手をつけられない自分の心」と見立てられて起こってる。

一方で、私が言っているのは、子供が生きていく上で自然に直面していく困難な状況にであったとき、すぐさま救いの手をさしのべ、困難をすぐさま除去しようとはしないけれど、
困難な状況で、子供が辛い思いをし、それを何とか乗り越えようとクリエーティブな解決策を見出す大変な課程に、目をそむけず 寄りそう、乗り越えるための精神的なサポートをしてやる、という事だ。

私のセラピストとしてとるクライアントに対するスタンスもこれと同じ。
クライアントが訴える困難を、外科医のように一様にすぐさま除去しようとはしない。(そういう応急処置が必要な場合もあるけれど。)そもそも、心の膿を他人が切開できるとは思っていない。心は人にそう簡単にコントロールできるものでは、
そもそも ない。
私は、クライアントと一緒にみてみることを促す、それはどういう困難なのか?
そして、待つ・ クライアントの内面からその困難とどう関わりたいか、というのが生まれてくるまで。そうしたら、その困難自体の性質が変わってきたり、クライアントの困難に対する見方が変わってきたりする。

先日ニュースで、
中年の男性が失業しているのを家族に言えず、70代の母親から毎月貰っているお小遣いの一部を月給として奥さんに渡していた。でも、”こんな世の中で子供達を生きていかすのはかわいそうだ”、と思い10代後半の自分の子供達と奥さんの食べ物に沢山の薬物を混ぜて無理心中を試みた。結果は、子供達だけ死亡。奥さんは、この事件が起こるまで、旦那が失業していたとは知らなかったらしい。子供達自身が、生きていくのが辛いと思っていたかは不明だ。父親の世界観が子供にも投影されて、子供に確認することもなく、「いまここで死ぬことが」がベストな「生き方」だと勝手に押し付けられてしまった。

お小遣いをあげ続けたこの男性の母親は、ムスコが失業して辛そうに悲しそうに困っているのを見るに忍びなかったのかもしれない。自分にお金の余裕があるなら、自分に出来ることがあるなら、やってやりたいと思ったのだろう。 お母さんからのお金のおかげで、この男性は1年は家族に嘘を通すことが出来た。当面 「失業したんだ」と家族に告白することで起こるであろう家族間の混乱や、自分に対する非難に直面しなくてもすんだ。

でも、結局自分自身には嘘はつけないし、こうやって家族と自分を殺すしかない と思うほど追い詰められてしまった。もし、この母親がお金を与えず、息子が「失業」した結果直面する困難を乗り越えるのを 「口も手も出さず、ただ 暖かく見守る、待つ」 事が出来たなら、こんな悲惨な事は起こらなかったと思う。言っておくが、それは簡単な事ではない。自分が愛する人が暗い顔をしているのに寄り添い、本人がその暗闇から絶対に自分で抜け出せる、と「強く信じて、何もせずに見守る」よりは、お金をあげて一時的な笑顔を見せてもらうほうがはるかに簡単で楽だ。

仕事がなくて、お金に困る、家族の中でのこれまで果たしてきた役割が果たせなくなる → この状況をどう乗り切るか?どう奥さんに子供に説明するか?協力してもらうか?どういう家族の形に変わっていく事を提案できるか? 生半可な状況でない分、このプロセスを乗り切るには相当なクリエーティビティーとエネルギーがいる。でも、それをお母さんの直接的な介入なくのりきることが出来たら、彼にとっても、家族にとっても プラスの転換を生むことが出来たはずなのだ。

このお母さんからの助けは、かりそめの光と希望を与えたけれど、
彼が人間として強くなる、クリエーティビティーを試す、自分の人生に起こったことに一人で対峙し、自分の手で人生を切り開いていく重大な機会を「奪って」しまったのだ。


愛する人が、あるいは 「自分自身」が困難な状況にいる時、「絶対に乗り切ることが出来る」と「信じて」そばに寄り添っていること。 本人が もうだめだ、と 自分が信じられなくても、自信を持って信じ続けて側にいつづけること。 これによって、本人の自分自身で乗り切る体力とクリエーティビティーははぐくまれる。それは、多くの助言やお金では決してもたらすことが出来ない、人生の宝が創造される過程である。
[PR]
by totoatsuko | 2007-07-08 10:14 | Comments(5)

歌を歌う

縫うお医者さんが若手だったため、7針縫うのに相当時間がかかりました。
子供が動かないように、お医者さんが縫いやすくするように、大人たちは一生懸命子供を抑えています。頭をもたげたら、それを下へ押し込み、腕を立てて体を起こそうとしたら、その腕を平らに戻したり。子供も絶叫&混乱のなかで、どうにかこの状況を抜け出そうと 様々な手を繰り広げていました。 彼は色んなことを体で学んだと思います。

私はというと、横で手を握ってあげていたかったのですが、そもそも部屋を出てください、と言われていたので、最初の数分はベッドの足元数十センチ離れたところにたって、じっと見ていました。

体を抑えている医者や看護婦は泣き叫ぶ子供に対して、手を握るわけでも、さすってやるわけでもなく、汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔を拭いてやることもなく、ただ「大丈夫だよ~」「もうすぐ終わるからね~」「お母さんすぐそこにいるからね~」を連発しているだけ。全部うそっぱちじゃない。子供にとっては全然大丈夫じゃないし、永遠に押さえつけられているように感じるだろうし、第一私の姿は子供から見えない。

そんな大人たちの「言葉」に耐えられなくなって、頭と腕を押さえている若い医者の間に分けいって、子供の手を握って、手の甲をさすりながら大きな声で子供の好きな歌を歌い始めました。

また、え・・・・ という空気が流れました。
でも、歌のおかげで、モタモタして うまく縫えない医者自身と絶叫で神経を逆撫でされながら体を押さえつけている人の間で、緊張が少し解けたようだったし、混乱している子供も私の存在に気付くことができました。

歌をうたったって、子供は泣き止みません。泣き止ませるために歌を歌ったのではありませんし、泣き止むとも思っていませんでした。ただ、子供に対して上っ面の医者達の「かけごえ」がきくに耐えなかったのと、ただつっ立ってるのではなくて、親として何かしたい、と思ったのです。

全てが終わり、子供の体が開放された後、お医者さんたちに言いました。
麻酔をしているから縫うこと自体に痛みを感じなくても、そこに恐怖があれば、痛く感じるし逃げ出したくなるものなんですよ。そんなとき、ただ体を抑えているのではなくて、歌を歌ってやったりすると、少しでも患者さんの恐怖が取り除かれるかもしれません。

短いセンテンスだったので、言いたいことがちゃんと伝えられなかったけれど、
治療=患部の処置 と考えるのではなく、いかに患者さんが恐怖心なくお医者さんを信頼して治療を受けることが出来る体制を作れるか、そのためには何をしてあげられるのか、そんな事を背中で教えてあげられる先輩医師・看護婦が少ないのはとても残念に思います。

お医者さんが 片手間に音楽療法を出来るとは思っていませんし、期待もしません。
でも、人間と接している以上「患部の治療」のみが病院や医者の役割ではないことをより多くの医療関係者に気付いて欲しいですし、わたし達患者側も、彼らが言う事・指示することを鵜呑み意せずに、説明を求め、自分が納得できる形で、医師やその治療法に関わっていくべきだと思います。医療サービスを受けるとき、心のケア、心が落ち着いていられる環境を提供してもらいたい、という医者に対する欲求はしごく最もで、当たり前のことではないでしょうか?私たちは、お医者さんのラット(実験用のねずみ)ではないのですから。医療を受ける場においては、知識も経験もあるお医者さんをなんとなく権威にかんじて、きっと正しいことを言うのだろうと無意識に感じ、従順になってしまうけれど、治療される体は自分自身のもの、そして医師と患者は対等な人間なのです。


部屋の外で待機してください、と看護婦さんに言われて、従わない親は珍しかったのかもしれません。(わたしが知っているアメリカの病院では 子供の治療現場から親を排除するなんてありえませんでした) 医者の間にはいっていってちょっと音程がずれた歌を大きな声で堂々と歌う親なんて、今日であった医師や看護婦さんは見たことがなかったのかもしれません。 どちらのシーンでも、 え・・・ という戸惑いの空気が流れたましたから。人と同じであること、というのが「常識」である日本に再び暮し始めてそろそろ1年たち、その空気にも慣れ始めていた私は、特に2番目の行動をとるには少しの勇気が要りました。お医者さんたちになんて思われるだろう、、、と。

でも、私は後悔したくなかったので、本能に従いました。
医者にどう思われようと、歌声をきいた不特定多数の人にどう思われようと、親としてして私自身がやれることをやるべきだと思ったし、やってよかったと思います。

いやはや、今日はとんだ 日本で初の 大病院体験でした。
[PR]
by totoatsuko | 2007-07-05 23:57 | Comments(2)

泣き叫ぶ姿をみていられるか

子供がガラスで背中を切って、7針縫いました。
驚いたのは、レントゲンを撮る前も、局所麻酔をする前も「それじゃぁ、お母さんは室外で待っていてください」と言われたこと。「自分の子供のことだから、ここにいます。」と言ったら「おさえつける(=泣き叫ぶ)から・・・」 とブツブツ ベテラン看護婦さんが言っていました。

押さえつけたからって、文句を言う親がいるのでしょうか?
処置に必要なことなら、子供が泣きさけぼうがどうしようが、どうどうと親の目の前でやればいいと思いました。もし、そういう泣き叫ぶ姿を見せるのは忍びない、という配慮ならそれも余計なお世話だと思います。

子供が本当に悲しんでいる時、怒っているときに、その姿を見るのが耐えられず側を離れてしまうことは問題だと思います。(これは、カウンセラー・クライアント の関係にも言えることですが。 クライアントに不必要な助け舟を、カウンセラーが自分が見ていられない という理由だけで出してはいないでしょうか?)子供のお腹から出てくるSOSの声は勿論神経を逆なでさせられますが、どんなに辛い状況でもそばにいて、悲しみを共有し受け止めてあげることこそが、親の役目ではないでしょうか。考えてみてください、傷を負って知らない場所につれていかれ、体中を知らないじぶんより2倍以上もある人間数人に体を押さえつけられて、挙句の果てに、唯一自分が信頼できる人まで去ってしまうなんて。そうして絶望のどん底に突き落とされた後、痛い注射をされる。 自分に同じ事がおこったら、と少しでも看護婦さんやお医者さんがかんがえてくれたら、「お母さん出て行ってください」とはいえないはずだけれども。

反面、そういう子供の悲しみや怒りを受け止めることが出来ない親も、沢山いるんだろうと思いました。だから、ちょっと子供がぐずったら 子供の言うなりになったり、機嫌をとったり。
とことん辛い思いをさせてあげる、辛いとはどういうことか身をもって知る機会を与えてあげる、
野放しの状態で過酷な体験をさせるのではなく、わたしはここにいるよ、本当にダメなときは絶対助けてあげる、という動じなさと暖かさをもって存在してやることで、子供は 生きる痛みを身をもって あるいみ安全に学んでいくのだと思います。

本当の痛みを知らないで生きる、ということは、
暗闇を極力避けその存在を知らないまま光を追い続けて明るいところ 明るいところへと生きているのと同じで、本当の光を知らず、暗闇の中に光を発見する深い感動と、言葉では説明できない 「おおいなるもの」の存在に包まれる事を知らずに生きているようなものだと思います。
[PR]
by totoatsuko | 2007-07-05 17:58 | Comments(0)
line

音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite