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ちょっといい話

d0065558_13525637.jpg発達障害のあるお子さんとの10分間のセッションの翌日、お母さんからお電話をいただきました。

「昨日なにか特別な事をなさいましたか?」

お話をきいたところ、
いつも帰宅後はおもちゃを部屋じゅうに散らかして、TVをつけて遊ぶのに
その日は、お母さんが夕飯の準備をしている間じゅう横にいて、お話をしてくれたのだそうです。まさに静 と動。

それから、夕食では、嫌いでいつも食べない野菜を、文句も言わずパクパクと食べ、
いつもは電話で話したがらない相手に、電話をかけてくれるようお母さんに頼み、電話口では、先日品ものを送ってくれたお礼を、丁寧に伝えたのだそうです。

話は、ここで終わらず、いつもは下の兄弟とケンカを始めるところ、
その晩は、ケンカをふっかけられると、口に人差し指をあてて「シーッ」となだめたとか。


セッションでは特に、何か魔法をかけたわけでもなんでもないのだけど、、、
ただ、彼女のたたくドラムのリズム、テンポ、ダイナミックスに全身全霊をかけて注意を払い、
音に転換された彼女のコトバに耳をそばだて、彼女のみせてくれた“世界”に入って、
おなじ言語を使うことを試みをしただけ。

もしかしたら、
彼女がイニシアティブをとるまで待ったり、
彼女のやり方を尊重して、彼女のやり方でコミュニケーションをとろうと、
こういう形で試みた人は、彼女のこれまでの人生でいなかったのかもしれません。

発達障害があると、人生のうち、いつも物事を教えられて、その通りできるように努力をしないといけない状況が、多々あります。

そんな中で、あの10分間は、他人が、彼女のやり方を学び、より沿おうとした、
彼女にとって新鮮な体験だったのかもしれません。
ああ、自分のやりかたでも、人にわかってもらえるんだ、分かろうとしてくれる人がいるんだ、
自分のやり方で自分を表現していいんだ、って。

どんな人だって、自分の事をわかって欲しいひとに分かってもらえなかったら、
すごくフラストレーションがたまるでしょう?怒りっぽくもなるでしょう?
何で分かってくれないの!って声を荒げてしまうでしょう?

こんな信じられないような変化が、セッション毎に起こるわけではないのですが、
こういう時間を繰り返し持つことによって、
長期的に見たら、その子の世界観や、自分の中の自信に、大きな影響を与えていくのだと思います。
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by totoatsuko | 2006-01-31 14:20 | 音楽療法セッション例 | Comments(2)

数字

d0065558_1553323.jpg今回 日本に帰っていた時同僚達と話していたこと、
昨日の ボストン日本人交流会でのプレゼン後 ききに来てくださった方々と話して 改めて 考えさせられたこと、
[前半の講演者、岩瀬さんのブログは こちら ]

数字

音楽療法を効果を第三者に理解・納得してもらうためには
数字がないと、なかなか難しい。

かたや、「こころ」を 計るなんて、出来ないんじゃないか、
という意見も。

日本の音楽療法学会の学術大会では、数字を出した研究発表が沢山あったようですが、
数字を出す方法論がクライアントに音楽療法として効果をもたらしているのかはっきりしない、
出てきた数字も、何を証明したいのかよく分からない、そんな未熟な状態のようです。

アメリカでは、例えば 今私がすぐ思い出せるものは
音楽療法を受けた入院患者さんと、そうでない患者さんを比べたら、音楽療法を受けた患者さんの方が入院日数が減った

未熟児で生まれた赤ちゃんに、子守唄を使った音楽療法を実施したら、それを体験したグループの方が体重増加が早かった

という数字があります。


私も、意味のあるリサーチの実施と発表の重要性を痛感しているところ。
これからの課題です。
リサーチ、一緒にやってくださる方、メンター、募集中です。


本当にリサーチについて何も知らない人のためにお勧めの一冊だと、友人が教えてくれました。
「統計解析なんかこわくない データ整理から学会発表まで」
出版社 : 医学書院 著者名 : 著 田久 浩志 

参考までに。
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by totoatsuko | 2006-01-30 15:05 | 日々感じたこと | Comments(1)

お見通し?

d0065558_13325231.jpg
ガイデッド イマジェリー アンド ミュージックのワークショップでは、
大抵の場合、音楽体験のあと、絵を描き、参加者の間でそれぞれの体験を話してもらいます。

描いた絵をご本人に説明してもらったあと、
私や、グループメンバーが、その絵で気付いた事とか、絵に対する質問を投げかけます。

例えば:
「その鳥居は、その真ん中にいるご自分を世間のざわめきから守ってる、とおっしゃったけれど、では、日常の世界で、その鳥居が象徴しているもの、自分を世間のざわめきから守ってくれるているもの、って何なんでしょうねぇ?」

「真ん中にいる人は、顔が見えないのですが、後ろを向いているのですか?この人は、鳥居に守られて、誰もいない場所で、どんな気持ちでいるのでしょうか?」


そんな時、よく、「先生はどう思われますか (分析されますか)?」 ときかれるし、
「絵をみたら、先生には私の内面が全てお見通しなのでしょう?」なんて言われますが、
正直、何も分からないんです。

だって、私の知らない、最低でも20年近くのその人の人生を、
初めて会って、数時間で、絵をみたからって、分かるはずがないのです。

おなじ「青」でも、人によって、それは深い悲しみを表している事もあるし、静かな平和な状態を表しているかもしれない、それとも全てを許し包み込んでくれる太母のイメージかもしれない。

だから、ご安心を。何も、勘ぐったりしていません。

夢判断の本などのように、
簡単に人の心を読み解いたり、判断を下したりできるとは思っていないのです。

だって、たとえそれが、心の底の底に埋葬されていて、一人では解読できないにしても、
本当の答えを導き出せるのは、ご自身なのですから。

私は、そのひも解きのお手伝いができるだけです。


P.S. ワークショップでは、自分について、なにか気付くきっかけになりました、参加してよかったです、等のフィードバックをいただいて、嬉しかったです。

ワークショップの体験は、たとえそれが気付きの場であったとしても、実際のセラピーのプロセスとは異なります。しかし、GIMがどんなものか、擬似セッション体験を通じて、皆さんの学びの場になれればと、思っています。
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by totoatsuko | 2006-01-27 13:33 | Comments(0)

たわいもないことに一見きこえるかもしれないけれど

あるGIM (Guided Imagery and Music)セッションのクライアントが
笑いながら伝えてくれました。

***

d0065558_12544565.jpgこれまで、どのくらいのお金と時間を、音楽を聴いたり、例えば、食べ物について話したり、泣いたり、クッションを叩きのめしたり、セッション中に出てきたイメージに対峙するために、費やしたかしら。

これらの、一見たわいもないようなこと、
言葉上では、一人でも簡単にできそうなこと、

でも、ここでのプロセスは、ほんとうに意味深い、他では出来ない、心の果てしない旅だった。

最初に出会ったとき、「大体、何セッション位したらいいんでしょうか?」
と、尋ねた自分がなつかしいです。

自分の心の奥深さの可能性を知った今、その質問が意味をなさないことが分かります。
結果をいつも追い求めていて、そのプロセスに価値を見出すことができていなかった、できれば経過の過程をすっ飛ばして、ショートカットで手に入れたい、という生き方をしていた自分が、その言葉に見え隠れしている感じがします。

何セッションやったって、自分自身を隅々まで知ることはできないし、
ましてや、セッションを始める前に、他人であるセラピストが、何セッションやったらどうなる、
なんて分かるはずがないですよね。

ひと それぞれ 歩くテンポが違うのだから。
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by totoatsuko | 2006-01-27 12:34 | Comments(0)

「音楽療法」って?

d0065558_1442777.jpg音楽コンサートー 演奏者が聴衆にむかって演奏する事、を音楽療法、と名打っている老人施設や病院がよくあるけれど、そういういい加減な事はやめてほしいよね、という会話を同僚としました。

そうでないと、“本物”の音楽療法に対して誤解が生まれてしまう。

私自身、ある病院の先生に
「(音楽療法を学んだ) 音楽療法士さんなんですか、素晴らしい!今度是非うちで音楽療法(ピアノコンサート)やってください。うちは、これでも地域で一番古くから音大卒業生を使って音楽療法を実践しているんですよ。」
と言われ、がっくりきた事がありました。

音楽コンサートは、それはそれで聴衆によい時間をもたらしているのだから、自信を持って音楽コンサートやってます!って宣伝すればいい。でも、それは音楽療法じゃない。

この話をビジネスマンの友人に話すと、
しょうがないよ、音楽療法、という言葉は一般用語なのだから、その言葉をどう使おうが、その人の勝手だと思うよ。演奏を聴いて、いい気持ちになることを療法、と言っているだけだよ、自分が認めるものしか音楽療法といって欲しくない、という考えは狭いと思うよ、
と言われた。

そう言われて、確かにそうだな、と思いました。
言葉をどう使おうが、人の勝手なのだから。

ビジネスの世界で言えば、例えば、コンサルティング、という言葉。
巷には、如何わしいコンサルティング会社が山とあるけれど、それに対して、ボストンコンサルティンググループやマッキンゼーだけが本物のコンサルティングで、他のものはコンサルティングというべきじゃない、と言っても話は始まらないのと同じ。
だから、いつしか戦略コンサルティング、経営コンサルティング、と自分達を差別化し、会社の固有名詞をブランド化することによって、特化してきたのだと思う。それによって、お客さんが、会社名を聞いただけで、大体どういう質のどういう内容のコンサルティングをその会社がやってくれるのか理解することが出来るようになった訳だから。
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そう考えると、本当の音楽療法を知らない人たちが、なんでもかんでも音楽療法、と名づけているのに不満たらたらでいるだけではなく、
わたし達音楽療法士が、分析音楽療法(アナリティカル ミュージックセラピー・ガイデッドイマジェリー アンド ミュージック)、認知音楽療法、等の言葉を世間に紹介し、セラピスト個人の名前を売っていかなければならないと思う。

その結果、クライアントが、目的によって、音楽療法のアプローチを選べ、それを実践できるセラピストを選ぶ事が可能になってくるだろう。美しい音楽を聴きたいのなら、それが出来る人を選べばいいし、様々な角度から自分と向かい合いいたいのなら、それが専門の音楽療法士を選べばいい。

きっと、日本の世間の現状は、音楽療法=ヒーリングミュージック、歌を歌う会、音楽コンサート、あるいは何か怪しげなもの、と理解している人がほとんどで、深層心理まで扱う音楽療法の存在を知らないのではないだろうか。よって、ちゃんと音楽療法士としてのトレーニングを受けていない人にでも、ちょっと本を読んだだけで音楽療法が実践できる、と勘違いしてしまうのも、しょうがないのかもしれない。

音楽コンサートも、歌を歌う会も、ヒーリングミュージックCDも素晴らしい。
ただ、心のケアを必要としている人が、そのニーズに応える音楽療法があることを知り、利用できるようになるために、その存在を世間に紹介していく活動の必要性を強く感じたのでした。
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by totoatsuko | 2006-01-17 23:53 | 日々感じたこと | Comments(0)

謹賀新年

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(インド ガンジス川に反映する朝日)

今年もよろしくお願い致します。

皆様にとってよりよい一年になりますように!
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by totoatsuko | 2006-01-01 01:49 | Comments(1)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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