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カテゴリ:食について( 7 )

牛蒡の天ぷら

最近のヒットメニュー、牛蒡の天ぷら。

大人にも子どもにもとても好評なので、一度に6本位多めにさっと泥をおとして、10センチ位に切って、塩水を5ミリくらい鍋底ひいて、圧力鍋で5分ほど加圧して柔らかくしておいて、冷蔵庫で保存しておき、食べたい時に食べる分だけ使います。1週間くらい、保存できます。

一度に、圧力鍋で火を通して、それからあげ衣を作って揚げて、、、
というのをやるには時間がかかるし、気が重くてやる気にならないのですが、
1工程、別の機会にやっておくと、気軽に作ろう、と思えるし、短時間で料理し終える事ができます。

揚げる前に、牛蒡を半分か、3等分の厚さに切ってスティック状にし、
小麦粉と片栗粉を2対3の割合で合わせ少し塩をいれたものを水で溶いてつくったものを衣にして、
鉄なべで揚げ焼きします。

衣のサクサク感と、牛蒡の固めの食感と甘味がたまりません!

牛蒡に火を通しておいたら、
そして、鉄なべがあったら、
炒めもの感覚で牛蒡の天ぷらが出来るので、便利です。

他におすすめは、ブロッコリー、カリフラワー、蓮根、コーン(小麦粉の生地につぶつぶコーンを混ぜ込む)の天ぷら。




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by totoatsuko | 2014-10-27 23:55 | 食について | Comments(0)

揚げさつまいも入りご飯

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子ども達が栗が大好きなので、生の栗を二袋買ってきて、圧力鍋で火を通して、栗くり坊主、という栗の皮をむくはさみで、ひたすら皮をむきました。子ども達はその様子を観察しながら、栗をつまみながら、今日あった話をしてきて、手を止めずに相槌を打つ。

もう出来上がっている栗を買ってくる方が手軽だし、値段を出せば、スーパーで売ってる生栗なんかよりずっと美味しい栗を食べる事ができますが、

ひたすら栗の皮むく作業で過ぎていく時間があったかくて、幸せだなぁ、と思いました。

栗に切れ目を入れて圧力鍋にいれ、栗が浸るほどの水を入れて圧をかけ、加圧されて約10分放置。火をとめて自然減圧して、蓋が取れたら、皮をむいていく。(お湯の中から栗を一個いこ出しながら剥きます。お湯から全部栗をあげてしまうと、渋皮がとれにくくなります。)この方法だと、渋皮も簡単に剥くことが出来ます。

時間と気持ちに余裕がないと出来ないけれど、たまにはこういう時間の過ごし方もよかったです。
あっという間に就寝時間になってしまったけれど。娘は、連日の運動会の練習で疲れていたのか、私が皮を剥いているそば、床で寝落ちしていました。

ついでに、最近のうちのファミリーブームの ひと手間かけたさつまいもご飯をご紹介。

私は、いつも、サツマイモは、多めに圧力鍋で火を通しておいて、冷蔵庫に入れておいて、いろんな料理に使い回しします。

このご飯は、サツマイモをさいの目切にして、鉄なべで揚げ焼きして(多めの油で炒める感じ)表面をカリッとさせて、塩を振って、そして冷ご飯(あったかいのでもいいですが)を加えてご飯に香ばしさを加えて、できあがり。ウチは玄米なので、白米だとどうかな、揚げサツマイモと白米のバランスは、未確認です。

カリッとした歯ごたえと油の甘さが、とっておきのボリュームあるサツマイモご飯にしてくれます。
これに、お味噌汁があれば、十分 happy dinner.
今晩は、栗も揚げ焼きしてみようかな。

二つ前の投稿の写真は、ある朝おきたら子どもが作ってくれていた朝ご飯でした。
シンプルに、美味しい朝ご飯でしたw




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by totoatsuko | 2014-10-08 09:27 | 食について | Comments(0)

健康な食事 の 認定マーク

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厚労省によると、この認証マークの主な対象はコンビニやスーパー、宅配サービスなどの調理済み食品。

1食当たりの栄養摂取基準を初めて算定し、分野別にエネルギー量の上限や必要な栄養素を定めた、とのこと。

審査はなく、基準を満たせば製造業者や販売店が自由に表示できるとのこと。厚労省は具体的なガイドラインを策定し、2015年度からの運用開始を目指しているそうだ。

この認定制度を作って、本当は何をしたいのかが分からない。
多くの人達に誤学習を促すだけなのではないかしら。

コンビニ食で健康な食生活を送れはしない。

時代にとても逆らっていると思う。

安価なコンビニ弁当でバランスとれた食生活をサポートできると本当に国は思っているのかしら。
発色剤、合成保存料、遺伝子組み換え、トランス脂肪酸、人工甘味料、合成調味料、劇薬農薬。

コーラにも、トクホマークがついているものがあるようだけれど、、、
添加物や薬品がいっぱい入ったトクホ食品は沢山ある。後から、発がん性物質が含まれている、と指摘され、トクホ認定を取り消された食品もある。それでも、その物質は微量で、癌を引き起こすには至らない、と主張し続けていた食品会社側も存在する。

...

さまざまなな添加物の副作用、長期的な人体に対する影響。
すごく安価な材料が含む危険性。
薬漬けにされた素材だけど、ビタミンやタンパク質の原則的な数値が整っていたら、これは健康的なお弁当、と太鼓判を押されるの?

さらに言えば、食事には、作る人の気持ちや、作られる環境、そこで起こる会話、など、
食にまつわる目に見えない事が、人の精神に栄養を与えてている。
食品に含まれる栄養素だけが人を生かしているのではないと思う。
日本食がもつ栄養バランスだけが、長寿 を実現しているのではないと思う。

自分の感性と理性を使って生きていかないと、
誰かの太鼓判 を信じていろんなことを決めていったら、自分が本当に望んでいたこととは全く違う方向に流されてしまいそう。




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by totoatsuko | 2014-10-07 09:28 | 食について | Comments(0)

マニアックなスタイルと共生

d0065558_93823100.jpg何か人が集まって、そこに食べる物が出てくる場合、マクロビオティックのスタイルを貫こうとするのは、気を使う。

自分や自分の子供に、「これすっごく美味しいから、わざわざ買いにいってきたの」と食べるのを勧めてくれる人に「すいません、~(そういうもの)は与えないようにしているんです。」と言う時は、わざわざ気持ちを使ってくれた人に対して本当に申し訳ない気持ちで一杯。

私がマクロビオティックを学ぶ前に、マクロビオティックを日常に取り入れている人と会おう、という事になったとき「ベジタリアンのメニューがあるレストラン希望です」と言われて、なんかめんどくさいなぁ、いいじゃないたまにはお肉やお魚食べたって、って心の中で反応したのを覚えている。だから、マクロビをやってない人のマクロビを慣行している人に対する反応とか気持ちを推測するのは、逆の立場に立っている今でも難しくない。

「マクロビ取り入れてます。」というのが単なる食事スタイルとしか捉えることが出来なかったけど、今では分かる。「こういう食事を求めています」という言葉は、彼の生き方・人生に対する姿勢を暗喩していたのだということを。いいじゃない、ちょっとくらいお肉食べても、と言うのは、その人の生にたいする姿勢を軽んじる反応にも取れる、という事に気付く。

マクロビオティックは「食で体を整えるため」の学問だから、ある意味マニアックで、現代の一般家庭の食事スタイルからはかけ離れていると私は思う。砂糖、肉魚卵牛乳製品は摂らない、なんて言っていたら、大方のレストランのメニューや食卓に並ぶものから選べる食べ物がなくなってしまう。あたりまえだ、繰り返しになるけれど、マクロビオティックの根本的な考えは「食べる物で体を整える」「食べ方で病気を治す」というものだから。

だから、そのスタイルを毎日好んでやりたいと思えば、そうすればやればいいし、
マクロビオティックの考え方に関係なく食事をしても、何ら咎められるわけでもない。

人と違う考え方や行動をするのは、本当にエネルギーがいる、特に日本では。
同じだったら起こらないテンションや摩擦が発生するから。
その「場の空気」を濁さないために、「その時くらい」マクロビ放棄すればいいじゃない、というのが多くの人の反応。そういう場への適応の仕方が自分にしっくり来るならそうすればいいし、「場」のために自分の哲学を曲げたくないと思えば、堂々と自分のスタイルを貫けばいい。

テンションが発生すれば肌は感じる。それは、子供の頃私は心と体をさんざん痛めながら体感した。今でこそ、自分を傷つけない術を知っているから大抵の反応なら自らの血を流さずにすんでいるが。

日本はデフォルト、というか初期設定、というか自分自身と相手に対する期待が「みんなと同じである」という状態だから、人と違うことをしたとき・誰かが自分と違う考え方を提示したとき、どっちが正しい、いい/わるい、という視点で批評しがち。でも、もっと違う視点でビックピクチャーを捉えられる人が増えるといいな、と思う。いい・わるい、ではなくて、個々人のスタイルなんだと。違うからといって、その「場」にテンションを生じさせる必要はなく、むしろ話のネタくらいになるといいのだけれど、とこのロングウィークエンドの体験を通して思ったのでした。
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by totoatsuko | 2007-10-09 07:13 | 食について | Comments(3)

一日30品目

d0065558_1142070.jpg一日30品目とるのが理想、という目標値は体の視点から言ったら、デタラメなのだそうだ。
一日本当に30品目毎日食べても、人間の体はそんなに異なる種類のものをちゃんと消化・吸収できなくて、かえって体を痛めてしまうのらしい。毎日同じメニューでも、それがバランスの取れたもので、適正な量であれば、体に必要なエネルギーは十分に摂取できる。

品数が少なかったら、これだけ?ってあたかも家事をサボっているような目で家族からみられるかもしれない、と思っているお母様方、自信をもって「そうよ、大事に食べてね、お米の一粒一粒まで。」とおっしゃったらいい。体のエネルギーになる、という言と見た目や数は、それが持っている力とは関係ないのだ。たくさんの品数が並んでいるのを見ないと、元気がでない、食べる気にならない、という方は、そこから感性の改造計画をお始めになるといい。

一粒のお米がどのように育成され、栽培され、どう炊き上げるか、どんな形に炊き上がっているか、もうそれだけで色んな人のいろんなエネルギーが注入され・混在していて、それを全て私たちは体に取り入れているのだから。1粒のお米に込められた「人間」の思いにも注意が払えるようになったら、そんなにたくさんの惣菜はいらないと思う。


音楽療法士として、即興演奏をクライアントとやっている時、音を足したくなる気持ちになるときがある。沈黙が居心地悪く、あるいは、薄いメロディーラインがおぼつかなく感じて。でも、その沈黙に、限られた音に、もっと耳をそばだて、そこにあるエネルギーを感じ取ろうとしたら、余計な音を足す必然性を感じなくなる。

子供におもちゃや洋服を事あるごとに買い与えてあげないと、親としてちゃんと子供を可愛がっていないんじゃないか、と思う人もいるみたいだけれど、そもそも「おもちゃ」というオモチャがなくても、創造性豊かな子供は遊びを創れる。お鍋がドラムになり、菜ばしがスティックになる。コップがラッパになり、布団がトンネルや山や谷になる。そして、もっともっと創造性がはぐくまれる。

友人が少なくたっていいと思う。友好関係が広いのがいい、どうすれば社交的になれますか?という人がいるけれど、社交的になれなくたって、1人でも自分にとって大事な人がいて深い絆を持っていて、自分がバランス取れているなら、それで十分。

物が沢山あること、沢山選択肢があること、彩りが綺麗なことが、いつもいつもいいとは限らない。自分の内面が本当にしっくりくると感じているものがあれば、それだけで人生は豊かにしていけると思う。
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by totoatsuko | 2007-10-03 17:18 | 食について | Comments(0)

マクロビオティックは食事法だけじゃない

d0065558_17514725.jpgこれから、定期的にマクロビオティックのクラスをとっていくので、シロウトがどのようにマクロビオティックを理解していくか、自分の中に織り込んでいくか、その変化をその時々に綴って生きたいと思います。今日はレポート第2弾。

自分の持っているバランスを計るちから、生きる力を最大限引き伸ばす

マクロビオティックのクラスに出て、先生方の話されることをきいていると、マクロビオティックは多くある食事法の一つ、というだけではないのだということに気づいた。雑誌や本では、誰にでも分かりやすく、とっつきやすく「マクロビオティック」を調理して読者に提供している。だから私は、マクロビオティックって、要は主食は玄米、白砂糖や動物性のもの(牛乳・卵・肉・魚 など)をなるべく取らないメニューなのでしょう、という位の理解だった。

でも、気づいたのは、いかに自然と調和しながら生きるか、いかに自分の力の源を活性化させながら生きるか、どうしたら世界中の人が平和になれるか、という生きることに対する哲学みたいなのを、たまたま食事・料理法という手段を通して人間を啓蒙しているものだ、という事。だから、ただ玄米を食べて、ベジタリアンになったからといって、マクロビオティックという分野が持つ本質的なメッセージを体得しているとはいえないだろう。食料という資源を、お水や土をどういう風に大切に使うしか。人間というエネルギー体と自然界のエネルギーとどう折り合っていくか。西洋的な宗教と違って、その本質を理解していない人を排除しない。むしろ仏教的な、私の哲学は~ で、共感する人は寄っていらっしゃい、ルールを全て守らなくちゃいけない、というルールはないですよ、というのがいいな、と思う。

私の個人としての生きかた、音楽療法士としての哲学に共通するものがたくさんあることに気づいた。自分の持っているバランスを取るちから、生きる力を最大限引き伸ばす・そのために一粒のお米から大事に食べよう。

マクロビオティックには、「陰」と「陽」という言葉が頻繁に出てくる。
おおよそ、上に伸びるもの・広がるもの・土の上にできるものが陰性な作物で、例えば茄子・レタス・ねぎ。土な中にできるもの、内側にしまっているものがおおよそ陽性で、例えば人参・ゴボウ・かぼちゃ。そして、実の外側はより陰性に近く、中心は陽性。

大事なのは、陰性のものを食べてはいけない、と言っているのではない、という事。雑誌では、なんとなく陰性のものを採るのは良くない、という側面ばっかり強調されているけれど、それは、その人・その人の体調によるのだ。あまりに体が火照っていたら、陰性のものを大目に取り入れよう、冷え性なら陽性のものを採って、体の細胞から体を暖めよう、と言っている。
これは、shadow aspect/自分の影(闇の部分)を否定することなく、自分の好きな自分自身の側面と同じ位、その存在を大事にしていく私のサイコセラピー(音楽心理療法・音楽療法)のプロセス・哲学と共通していると思った。
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by totoatsuko | 2007-09-21 13:35 | 食について | Comments(2)

トクホ ー カラダに異物

d0065558_9241599.jpgここ数年目に付くようになった 「トクホマーク」がついた食品(特別保健用食品)。パンに塗るもの、飲料、加工食品など、その種類は多岐に渡る。Wikipidiaによると特定の保健目的により摂取した時、その効果が期待できる旨を表示することを国が認めた食品とある。脂肪分・糖分が極端に少なかったり、血糖値を下げる働きがあったりと、なんだか本当に体によさそうな印象をうける。でも、本当に体のもとになるのに自然な素材なのだろうか?

添加物の入った食品の気持ち悪さを教えてくれた本を読んでから品質表示にそれまでよりも敏感になっているのだが、先日初めてトクホ印のマーガリンの表示を何気なくみたら、凄いことになっていて頭がクラッときた。仮にコレステロール値をさげてくれるにしても、こんな多種大量の化学薬品を自分の体に取り入れたくはない。ましてや、これから一生使っていく体が爆発的に成長している乳児の子供たちにもだ。いや、人生をともに歩んでいる伴侶も。付け加えるならば、化学調味料の味が日常・ベーシックラインになってしまい、化学調味料が入っていない味を「ものたりない」「まずい」としかとらえられない舌になって欲しくない。自然と舌が化学調味料を求めてしまうようなヤク漬けにはなってほしくないものだ。

勿論、多くの食品に使われている添加物は合法のものだ。それを摂取したからといって、体調を崩すことが立証されているわけではない。しかし、私は他にチョイスがあるのに、あえて薬品入りのものを口にいれたいとは思わない。(店頭に並んでいるものの多くに添加物は入っているので、入っていないものを見つけるには、「探す」という努力をしなくてはならないのだが)たとえ、国が、例えば虫歯になりにくい食品と認定し、それを摂取すれば虫歯になる確率が数字の上で少ないという証拠があったとしても、歯ブラシをかけなかったら、虫歯になることには変わりない。だったら、薬品入りのものを気休めに選らんで摂取するのではなく、自然なものを食べ、歯ブラシをすればすむことではないか。コレステロール値が高いなら、低くなるような食べ合わせをしたり、食べる食材を選び、ちょ理法を選べばいい。

例えば、体重やメタボリズムを気にして無脂肪乳とかヨーグルトとか、砂糖は入っていないが代わりに化学甘味料が沢山はいった飲料を、脂質や糖質が入っていないから大丈夫、と何気なく大量に摂取する。それを繰り返していると、自然の甘みを美味しいと感じられない舌や体になっていき、ますます化学調味料、化学品に頼った食品を体に取り入れた結果、薬品で作られた血液、ひいては体を作っていくことになる。自分がそもそも素で持っている感覚とか、感性にも影響が出てくるだろう。

トクホ 一見カラダによさそうで、薬品の塊(のものが多い)。
その逆説的存在、恐るべし。
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by totoatsuko | 2007-09-20 06:45 | 食について | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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