人気ブログランキング | 話題のタグを見る

カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

totoatsuko.exblog.jp ブログトップ

イメージ体験のなかで

GIM個人セッション、あるいはGIMのテクニックをグループ用にアレンジしたグループセッションで、被体験者は特別に選ばれた音楽を聴きながらイメージの世界を旅する。

それはただ 真っ暗い空間にいたり、
壮大なスケールの旅だったり、
強い感情、そして身体体験を伴うものだったりする。

また、実際行ったり、知っている場所・人だったり、慣れ親しんだ感情を感じることがある。
しかし、この日常思い出したり、訪れたり、会ったり、感じたりする感情を、
変遷意識状態=エゴがとても弱まった、普段とほとんどその存在に気づかないような深い心の層で特別に選ばれた音楽を聞きながら体験することは、自分自身にとってとても大きな意味を持つ。ただの回想ではない。

グループセッションでは、個人の心の状態にあわせた音楽を選べず、グループの状態の最大公約数みたいな音楽になってしまうし、個人のイメージに私がセラピストとして寄り添い、イメージを深めるサポートが出来ないので、なかなか深い体験やプロセスをもたらすことは難しいのだが、それでも、心はイメージの中で何か日常とは違うものを感じている。


過去に、とても強い怒りを抱えている人がいた。
(以下、本人が特定されないように、事実を差し支えない形で変えています)
本人もそれを自覚していた、自分が怒りで気が狂いそうになっていることを。
とにかく、何に対しても腹が立つし、怒りが常に頭にあって、他の事が考えられない、と最初の個人セッションでその人は言う。

怒りをもっているクライアントに対して、どういうアプローチをするかは、その状況、その人によってまったく異なるが、この人の場合は、イメージでその怒りの中に入っていくことにし、それをサポートする音楽を私は選んだ。

その人は、イメージのなかで怒り狂い、叫び、罵倒し、自分が炎になってすべてを焼き尽くした。ソファーに横たわってイメージを体験しているのだが、顔は真っ赤だし、体は筋肉が緊張し握りこぶしをソファーに打ち付けている。

音楽が終わり、イメージから、深い心の体験から、その人が部屋に戻ってきた、いつもの意識状態で最初に言ったのは、「すっきりしました。あんなに怒っているところを見せてしまって恥ずかしいです。ほんと申し訳ない。音楽の中ではただ腹が立って、腹が立ってどうしようもなかった。でも、よかった、怒れて。普段は、怒った相手に社会的に批判されるとか、誰か他人・あるいは自分自身もかもしれない、自分自身に対してもいけないことをしている、という後ろ目たさとかを感じながら、それでも怒りに支配されて怒っているんだけど、音楽・イメージの中では、そんな他の声なんかきこえなくて、ただ怒りの中心を感じながら、怒りがやりたいように怒らせてあげることが出来た。

怒っている自分を解放してあげることが出来たというか。
これは、日常では怖すぎて出来ないこと。

あー、なんだか本当にすっきりしました。
あんなに長い時間(音楽は25分位だったが、その人の心的体験としては長かったようだ)、あんなにインテンシブに怒り続けて、
しかも、その怒っている自分をフルに、批判的にまったくならず、ありのまま そのままで受け止めてあげることが出来て・



日常感じている感覚・感情や状況を、心の深いレベルで再体験することは、自分に何か深い意味や発見をもたらす。意識の表層で頭で理解しているのとは全く異なる感じ方をするし、何より、日ごろ耳を傾けていない心の感じ方・声に気づいてあげることによって、
それが存在しないものとして構成されていた自分の価値観や自分の世界は、
再構築を迫られたり、その再構築へのきっかけを生むからだ。

ほんとうは存在しているはずの気づいていない自分に気づくとき、
そしてそれを知ってゆき、自分なりの方法でそれとの関係を作り、組み込む・あるいはブレンドしていくプロセスが起こる。
by totoatsuko | 2006-11-05 12:18 | GIM:音楽と深層心理イメージ | Comments(0)
line

音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite