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自分の意思で選ぶこと

自分の意思で選ぶこと_d0065558_8453521.jpg随分前、初めて欧米に海外旅行をしたときに戸惑ったのはサンドウィッチひとつ注文するのも沢山の意思表示をしなくてはならなかったこと。

例えば、メニュー上のステーキンサンドを注文したら
「お肉の焼き加減は?」「玉ねぎを入れてもOK?」「パンの種類は、白、ブラウン、オリーブ、フレンチバケットから選べるけど、どれがいい?」「パンは焼く?」「ソースはテリヤキ、BBQから選べるけど、どれがいい?」「余分にお金を払えば、チーズをダブルにできるけど、どうする?」「サンドイッチは一個でいいのよね?」

と質問をあびてたじたじだった。

今では、「ミディアムレア、白パンでテリヤキソースにしてください。チーズはシングルでOK.」って聞かれる前に大体の希望を言えるようになったけど、最初はそのチョイスの多さに圧倒されたもの。

自分の好みが口からするする出てくるまでには、まず自分が選べるのだ・選んで相手に伝えなくてはならないのだ、ということと、どういう選択ができるのか、自分はどういったものが食べたいのか細かく (パンはどれで、焼き加減はどんなので、味付けは何で、と)知る必要があった。

日本にいたら、何もいわなくても美味しいサンドイッチが出てきていたから、初めはそうとう厄介だと感じていたけど、今では自分で選ぶことができることを楽しんでいる。そして、たまに日本に帰ったときは、聞かれていないのに「麺固めで」「レアで」と指定してしまう自分がいる。


この違いはどこから来てるのだろう?
私の推測は、日本は日本人がほとんどで似たような生活、文化背景の中で育っているから、好みの差も、世界中から人が集まって出来たアメリカという国と比べると、かなり少ないんだと思う。それに、「あうんの呼吸」という言葉に象徴される、「口にしなくても相手の気持ちを察し、それにあわせて行動すること」が美とされている日本では、いちいち「何が好きですか」と面と向かって尋ねるのは「気遣いが足りない」とみなされるからではないだろうか?

アメリカでは「尋ねないで、こっちがいいと思うことをやること」がいいとは、決してみなされない。

インターン時代、何度もスーパーバイザーに「どうして(どうしたいか、どの曲がいいか、どういう気持ちでいるか)尋ねなかったの?」「どうして、その人がそう思っていると判断したの?」と聞かれた。その都度、いかに多くのシーンで、自分が自分の尺度で無意識のうちに人の気持ちや、好みを勝手に憶測・判断しているか、いかにそれがセラピーを行なっていくうえで危険極まりない行為であるか、身につまされた経験がある。

これから、日本で活動しようとしているわが身。
クライアントになる人は、以前の私のように、「サンドイッチをください」といったら、美味しいサンドイッチを持ってきてくれることを期待する人達が多いのだろうけれど、セラピーを通して、色々自分で自分の好きなものを選べるんだってことに気付いてもらえるといいな。最初はちょっとめんどくさいけど、楽しめるようになる。そうしたら、サンドイッチ(人生)の楽しみは、おなかを膨らますために食べるだけではなく、注文するときの店員とのやりとり、選ぶたのしみ、五感を通じて味わう、と、もっともっと色んな楽しみがひろがる。
by totoatsuko | 2006-06-23 08:45 | Comments(0)
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