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心理療法で起こることのたとえ話

d0065558_15185984.jpg音楽心理療法では、意識の上で把握している 
なにかもやもやした感じ 
うまくいってない感じ
生きづらさ
本当はやりたくないのにそれをやめられない自分

そういう ”言語化された” 問題意識について
セラピストの助けを借りて
色にしてみたり 音にしてみたり ストーリーのあるイメージに転換してみたりします。

描いたもの 出した音 見たイメージ は
自分の意識で把握してなかった事実 (感情、認めたくない自分の側面、複雑にこんがらがったもの、等)
の宝庫です。

「わ、それって凄い怖い。それを見るのって凄い勇気がいる。」

そうなんです。
見ないようにしてきた自分の側面をみて、それを乗り越えて 新しい自分をうみだすには 
痛みを伴うことが多々あります。

しかも、見たからって 知ったからって、どうなるっていうの? という質問に
今日はこう応えていました。

夜はカレーじゃなきゃダメだ。
子どもやパートナーもカレーが食べたいって言ってたし。
そうやって、”あるべき夫婦の姿” ”あるべき家族の在り方” というのを料理しようと頑張っているのかもしれません。

そして、一生懸命毎日料理してるのに、自分はなんだかうまく料理が出来てないように感じています。
家族も自分がつくったカレーをおいしいと言って食べてくれてるようには自分は感じてない気がします。
それでも、カレーが食べたいと言われているので、毎日頑張ってつくっています。

そこで、例え、ですが、心理療法で、自分の冷蔵庫や貯蔵庫にはいっている食材や
カレーを作っているときに使っている食材について ”絵をかいて” みます。

そして、何も考えず、手持ちの食材の絵をとにかくイメージしてかいてみたら
結果的に、描かれた絵は、ゴボウと糸こんにゃくとシイタケだった。

自分は カレーを作ってるとき 玉ねぎとジャガイモと人参を使ってるとおもったのに
それは単なる”思い込み” で、ゴボウと糸こんにゃくとシイタケを煮てカレールーを足していた
というのが、毎日自分がやっていたことだ、という事に気づきます。

そうやって、意識ではうまくやってるつもりになっていることが
そもそも論から違ってた という事に気づけたら、どうなると思いますか?

きっとびっくりしますよね。
自分の描いた絵を否定したくなるかもしれません
「あ、描いたのはウチの貯蔵庫ではなく、ほかの家のでした。ウチにはジャガイモとか絶対あるはずです。」
って。 でも、何度かいても、ジャガイモが出てこなかったら、自分がそこまで本当の自分を受け入れる事に抵抗があるんだ、ってことに気づけます。

そして、次のアクションが取れるんです、自分で。
ないものをあるものとして信じるために自分が目で見て聞いて感じたことをOFFにして生きるやり方
苦しくて、もやもやしてそのままにして、そこに留まり続ける生き方をやめれるんです。

だって、ゴボウと糸こんにゃくとシイタケ で
ジャガイモと玉ねぎと人参のカレー を作るのはどう考えても無理でしょう。

そこで、
家を出てジャガイモと玉ねぎと人参を買いに行くのか
そもそも カレー を作らないとみんながハッピーでいられないのか と家族と対話するのか
(対話してみたら自分の思い込みで カレーが食べたいなんて誰も言ってないという事が判明する場合も有)
持っている ゴボウと糸こんにゃくとシイタケで たとえば最高においしい甘辛い佃煮をつくるのか
その食材にあう 誰も作ったことがない新世代のカレー を開発するのか

などなど
自分なりの選択肢が開けてくる。

選択肢を浮かび上がらせるのも一苦労だったりします。
だって、今まで思考停止して ただただ 私は頑張ってる あるべき姿 やるべきところをやってる
と、自分の感性を無意識のうちにOFF にして生きてきていたら、自分の感覚をONにするのは大変。

それに、自分の感覚を自分で”信じて” (ONにしたことを他者に批判されても、OFFにして元の自分に戻らず) 新しい行動と思考と感性を再構築するのは、大変です。
 
だから、この変容のプロセスを支え促す役割を行うためのトレーニングを受けたセラピストが役立つのです、あなたの心の深いところの変容を、脱皮のプロセスを、途中で死んでしまわないように、成功させるために。

ゴボウと糸こんにゃくとシイタケしか持っていない自分が悪いはずがないですよね。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただ事実なだけです。

自分の深層心理をみるのが怖い、と感じるのは、たとえば、そういう自分はよくない、と思っている、
という事を象徴しているともいえます。

自分はジャガイモと玉ねぎと人参を持っているはずなのに、そうじゃない、
あのカレーは作れないし、今までも作ってなかったんだ、ということを知ることが怖い、
と思っているようなものなのです。

こういう例えだと、深層心理に気づくことって、大したことないと思いませんか?
それぐらい気づいたってどうってことないじゃない?
というか、もっと早く気づけたら もっとたのしい食卓がかこめたのにね、もっと楽にいきられたのにね、
無駄な苦労を続けなくてよかったのにね、と思いません?


実際、自分の無意識に追いやっているものをみる作業は、
家にある食材についての思い込みに気づく、という程度の衝撃では片付けられませんが
例えるなら こんな感じです。

自分についての真実をしって
自分を誇張して疲弊することなく 幻想の中でもがかず
等身大で 無理なく 心おだやかに 大事な人を大事にできる自分を生きるために
人生の中の今、このステージで音楽心理療法に集中して10回くらい通ってみる、というのも 
明日からの人生をよりよく生きるための選択肢の中の一つとしていかがでしょう?






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by totoatsuko | 2017-02-01 15:54 | Comments(0)
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