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わたし、この歌 覚えてる!

メラニー(仮名)は、意識はハッキリしているし、会話もできるけれど、自分で体が動かせなくて、寝たきりの状態。老人ホームに入って、もう1年がたとうとしている。

いつも、庭に面している光の入る窓を背中にして、右肩を下にベットに横たわっている。
わたし、この歌 覚えてる!_d0065558_9363993.jpgその体勢からは、部屋の入り口がよく見える。
誰もいないがらんどうの部屋をみわたせる。

どんな思いで横たわっているのか、、、
私には想像する事しか出来ない。


ある日、メラニーに家族の事を尋ねたら、
”家族?何も思い出せないわ。彼らが私を洗脳してしまったから。
何も思い出せない。
ほんとうに何も思い出せない。”

と力よわく言った。
洗脳?随分つよい言葉だ。
彼らって誰?スタッフ?家族?
信用できない人に囲まれて過ごす事ほど、辛い事はないだろう。

でも、彼女の主観的な経験は、"洗脳”という言葉がしっくりくる、という事は事実なのだ。

”そんなことないじゃない、看護士のボブは優しいし、アシスタントのキャッシーは、ちょくちょく様子見に来てくれて、大事にされてると思うわよ”

なんて言葉かけは、家族や友人が言いがちだけれど、
セラピストが言うのは、まったく意味の無いこと・仮に、それが本人以外の大勢にとって真実であるにしてもだ。
セラピストは、いかに本人が感じていることを汲み取り、
本人が立っている状況に一緒に寄り添えるか、というのが大事なのだ。


私は、メラニーに提案する。
”ねぇ、今歌を聞く気分?もしかしたら、歌だったら、思い出せるかも?”

”思い出せたら本当にうれしいけど、そんなことありえない。ありえないわ。”

”そっか。でも、トライする価値はあると思わない?これから私が歌う歌、ちょっときいてみて。”

メラニーの年齢を考えて、彼女が若い頃よくきいたであろう、ケ セラ セラ を選び、ギターを弾きながら歌う。

とたんに、メラニーの頬が高揚した。
歌のメロディーを覚えていたからだ。
さびの ケ セラ セラ のところは、私と一緒に歌詞を口ずさむ。
メラニーの顔から、満面の笑みがほころぶ。
少しは動かせる左腕が音楽にあわせて動く、まるで踊っているように。

私たちは、何度も、何度も繰り返し歌った。

歌いおわったところで、メラニーが言う。
”私、おぼえてた、歌詞を!わたし、覚えてた。なんて素敵な事なのかしら。
覚えてる、覚えてる。”

歌う前と比べて、明らかに輝いている瞳、頬のつや、体の発するエネルギー、彼女の喜びが伝わってくる。

私たちは、その後もう2曲歌ったのだけど、
サビの歌詞は歌えたし、小さなシェーカーを振ることによって、音楽のテンポも彼女が決めた。


メラニーが私の手を握って、目を見つめて言う。
”わたし、今泣きそう。ああ、なんて音楽ってすてきなの。あなたも、本当にいい人ね。”

”泣いてもいいよ。私はぜんぜん構わない。だって、人間だもの、感情があってあたりまえ。”

音楽が、私との関係が、素直に、恐れず、”泣きたい気持ち”にさせた。
そして、私と音楽との空間と時間のなかで"泣く”ことは、こころの浄化作用があったのかもしれない。

そろそろ、行かないと。
又来週ね、といった時には、洗脳されたと思い込んで、薄暗い部屋で気落ちしているメラニーは、もういなかった。
by totoatsuko | 2005-10-25 05:32 | 音楽療法セッション例 | Comments(3)
Commented at 2005-11-01 01:50 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 老人ホームの祖母について at 2008-11-14 17:31 x
祖母が先月からメラニーと同じように老人ホームに入り、「私をこんなところに閉じ込めて」と話しています。遠方の家族として、手紙によって祖母を元気づけたいと思っています。しかし、この文章を読んで、こちらの楽しい報告をしたり、手紙だけの慰めではかえって傷をつけてしまうような気がしました。今、祖母はどういう心理的な状態にあって、どのような手紙なら彼女の心の支えになると考えられますか。
Commented by totoatsuko at 2008-11-17 13:48
残念ながら、会ったこと・話したことがない方の心理状態を計り知ることは私には出来ないです。ですので、どの様な手紙が彼女の支えになるのか、果たして手紙が心の支えになりうるのか、ということも定かではない、というのが私の印象です。あまりお力になれる具体的なお返事できなくて、申し訳ないです。
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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