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倫理

小学校か中学校の授業で、倫理 の時間ってあった気がする。
道徳 の時間もあった。

具体的なテーマは思い出せないが、
人としてやってはいけないこと、
人としてどうあるべきか、
みたいな内容だった気がする。

その授業を受けたことで私の人生観や価値観が大きく変わった、という印象はない。
考えてみれば、当然のことだと思う。

小・中学生では、小中学生なりの人生経験と造詣しかもっておらず
その時点で自分の経験とすり合わせながら、授業の内容を自分なりに消化していただろうから。

「授業」 という形だと、背中を見せながら、毎日 毎日の些細な振る舞い、行いによって子供に・まわりの人に提示していく倫理観と比べたら、他人事のように感じられたり、教える方も臨場感を持って教えることができないのではないか、とおもう。

と、い う か

倫理は教えるものではなく、自分に向けるもの
ではないか
そして、その背中をみて 
それぞれの人間がそれぞれに向けて自分自身の倫理観を生きていくなかで確立していくのではないか、
と 月一回会ってランチをするようになった叔母と話をしていて思ったのでした。


彼女の言った言葉の一つで心に残ったことは
「毒ガスをはかない - 誰かに向かって一方的に苦言を呈するのは、毒ガスをまき散らしているようなもの。
それをきいた相手を萎えさせ、嫌な気分にさせる。 
もし、現状を変えたいのなら、毒ガスをはくのではなく、相手に自分が思うように変わることを要求するのではなく、まず自分から変わるべき。自分の心のもちようを見直すべき」

「勉強をしなさい、と繰り返し言ったって、子供はそんな親をどんどん嫌いになる。子供に対して毒ガスをはいているようなもの。やる気も信頼も失われる。でも、ありのままのその子をみとめ、対話をかさね、親自身が自分の倫理を自分に向け・自分の信じるものを大事に生きることで、その子が全体的により健やかに育つ手助けを間接的にすることができる。」

なるほど、と
そうそう! と思う。

悲しい事、辛い事があっても、
それを誰かのせいにして、辺りに毒ガスをまき散らし被害者を増やすのではなく、
自分の気持ちを大事にうけとめながら、気持ちと対話を重ねながら、
明日は新たな一日、と 前向きに 背中を伸ばして生きていきたいとおもう。

今 ここにある自分 というのは、
脈々と続いてきた自分の先祖たちの「今の時代の」代表者であり、
自分からつながっていく次世代の人につなげていく継承者でもある。

その重みを、責任を感じながら、
私まで受け継いできてくれたものの重みを感じながら
感謝の気持ちを忘れず生きていきたい。


子供の幸せを願わない親はいない (かな?どうかな?)

代々バトンタッチされ、積み重ねられてきた大きな思いを受け止め、
与えられた命を、人生の出来事を真摯にうけとめ、
誰かのせいにするのではなく、文句をいうのではなく、
覚悟をもってうけとめ、
人としての道という自分なりの倫理観を大事にしながら
より多く楽しみながら、まわりの人とたくさん笑顔を分かち合いながら毎日を過ごしたいとおもう。



音と色をつかったカウンセリング・深層心理プロセス

うつ・虐待・摂食障害・妊娠や結婚・人生の大きな決断をまえに迷っている方・不登校などのお子様をもつ親御さん などのために
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by totoatsuko | 2011-02-25 13:45 | Comments(1)
Commented at 2011-02-25 23:53
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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