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心が死ぬ

あなたは人としてなっていない
あなたは我侭すぎるから社会でやっていけない
お母さんは狂ってる
お父さんは、変人だ


そんな、その人の人格を否定するような言葉が 「家族の中で日常的に」 投げられる
そして、子供はやわらかい心で学習する、これが 「基本」なんだ、って。

こんな会話が日常で、
そんな攻撃性が、言葉のみならず、相手に手をあげる、という行動として日常的に出る
DV ドメスティック バイオレンス、

相手を否定することでしか、自分を保てない加害者の心の状態。
そして、否定される心や体の痛みが日常化し、
痛みに対する皮膚感覚・心の感覚が麻痺してしまう被害者。

虐待関係というのは、そのループにはまってしまったら、
加害者も被害者も、正常な感覚が失われ、正常な自己防衛力も機能しなくなって、

心が 死ぬ。
そして、気がついたら誰かが、本当に生命をおとしている。

相手の心を殺せる人の心も、死んでいるにちがいない。

心が死んでいるから、相手の痛みを感じることが出来ないから、
相手の心を殺す、ってことができる。


心が、常になにかにおびえている、こわい、とおもっている。
今この瞬間、加害者が横にすわっていなくても。
いつ 次に罵倒されるか、暴力をふるわれるか、 ぶるぶる震えている。


あるいは、客観的にみたら、相手は攻撃してきていないのに、
自分の恐怖を相手に「無意識に」投影して、
相手を否定する・攻撃することでしか自分を保つことができない、加害者の心理。

暖かい太陽の光を、心からよろこぶ余裕は、ない。
だって、こころは こわくて ちじこまっているのだもの。

そんなにおびえて暮らさなきゃいけないような相手とは離れるべき、という言葉も届かない。
だって、心は、そんな言葉をとりこんで自分なりに消化したり、なんらかの行動を起こすための、体力やフレキシビリティーなんて残ってないもの。

楽しいことを、嬉しいことを、悲しいことを、苦しい気持ちを存分に味わえない状態、っていうのは
心がしんでるのだとおもう。

そして、恐ろしいのは、自分の心が死んでるかどうか、ってのは
自分以外の誰もわからない、ってこと。
自分以外、自分の心をケアしてあげられない、ってこと。


どんなにひどい虐待を受けていても、
どんなにひどい心理状態であっても、
表向きはとてもにこやかな人、
自分の心が縮こまっていることに気づいていない、というのが大半。

ちょっとでも、悲しそうな顔をしようものなら、誰かに心に付け入られる
「どうしたの? 大丈夫? 」

って。 
それって、ぶるぶる震えている心にとっては、怖い。

なんて応えればいいの?
そうなの、怖いの・ そう応えたところで、相手がどれだけ分かってくれるかわからない。

ううん、ちょっとね・でも大丈夫。 って嘘をつくゲンキだってない。


ふれないで、かかわらないで、この血みどろの皮膚を、体を。
風が吹くだけで、傷はうずく。


心が死ぬ、死んだ心で生きる、というのは
ゾンビのような状態だとおもう。

ゾンビとして生きるつらさ、それはいかほどのものか。



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by totoatsuko | 2010-11-18 10:17 | Comments(0)
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