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食育

最近 よく「食育」という言葉を見聞きする。
やさいをもっと食べよう! ごはんをもっと食べよう! という講義形式のものから、
田んぼに行って植えるところから刈り取るところまで、部分的に参加する、とか
親子のお料理教室とかという参加型のものまで。

昔に比べて、食べることが出来るシロモノ は量的に増えているかもしれないが、それゆえに、何をどう食べるか?どこからどう調達するか? という問いをしなくてもよくなったため、益々私たちの生活・命は、命から心から遠のいていまい、それに対して警鐘が食育ブームなのか。以前は、クラスなんかとらなくても日常に存在していたであろう農作業や農作業風景、料理のプロセスたち。

それなら、牛が生まれて殺されて裁かれる過程も体験するべきだと思う。綺麗で楽しいことだけやるのは偏ってる。以前は庭で鶏をしめるのを自分の親がやっているのをみて育ち、自分も実際鶏を手にかける。そうしないと鶏肉は食べれなかった。

子どもと命の食べ方 を一緒にみることにした。大人ですら目を背けてしまうような現実。でも、目をそむけたいものはそむけ続ける、というのは、真の食育ではないと思う。

かわいそう、どうして殺すの? 
人間がお肉が食べたいって言うからよ。
どうして? 
食べたいからじゃない? 牛肉食べたかったら、牛さんを殺さなきゃ食べられないんだよ。 
うん。
どうしてお肉たべるためには殺さなきゃいけないの? お母さんが殺されたらかわいそう・赤ちゃん。(映像をみながら)牛さん、嫌だ嫌だって言ってる・・・
お魚も殺さなきゃいけないの?
そうだよ。
機械がお魚のお腹、刺してる・・・

命を奪う現場に立ち会う機会(こちらはもう少し命に対してリスペクトがある殺し方・食べ方)はめったにないけれど、せめて自分達が食べるものがどのような経過をたどっているのか映像を通して知らせよう、と思う。そして、気持のシェアリングや、自分がどういう風に命と関わって生きたいのか、という対話を、まだ、現在の一般常識を知る前の、肉を食べなければ食卓がさびしい、という概念を固めてしまう前の子どもに問い続け・対話し続けていきたい、と思う。

そうすることで、周りからの影響による先入観を持ってしまう前に、自分なりの考えを自分との対話の中から導き出す手伝いをしたいと思う。

牛の命や気持なんてどうでもいい、オレは毎日肉がくいてぇんだ! という風になって欲しくないな、というのは私の願いではあるけれど、彼らは彼らの生き方があるから、そういう考え・生き方に行き着いてもどうこう言わないようにしたい。 でも、そこに行き着く前に、いっぱい対話を重ねたい。知っておいて貰いたい、自分の生き方が、食べ方が、生命に地球にどういうことをしてるのか、という事を。みんながやってるから、の一言で済ませて、考えなしに生きて欲しくない。
by totoatsuko | 2009-12-30 09:34 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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